一章 揺れぬ忠義
アスタリア戦記 慈愛の聖白
これは同盟サイドの物語です。戦乱を生きる人々の「志しの物語」
登場人物たちは戦乱の世の中で揺るぎない信念で戦っています。
昼の平原に複数の蹄がリズムを刻む。
「ユーリ様、ヘルザの街が見えて参りました」
「そのようだな、ウォルド。後続の部隊との連絡は?」
丘の上から静かな街を眺めながら黄金色に輝く髪をなびかせ青年は携えた剣を抜く。 それを横にいる老年の騎士が疑問に見る。
「はっ、後続の部隊とは二時間程で合流出来ます。してどうして剣を抜かれるのか?」
「ウォルドは気づかないか?」
「真っ昼間にこの静けさは妙だと?」
「違う」
「外が騒がしくならないのが妙なんだ」
ユーリの視線は街の外へ向かう。
「最悪の事態だ。ウォルド」
そう、血痕だ。その先で一人の同盟軍の死体があった……
「山賊の仕業じゃない」
「山賊ならば同盟軍から討伐隊が編成されるでしょう。もしや」
「考えられるのはそれしか無い」
脱走兵の略奪だ。
「ユーリ様、俺はいつでも行けますぜ」
「状況も分からないのにこの兵力で街へ乗り込むなど無謀だぞ。レノン」
軽い口調で槍を携えユーリの横へ現れた青年をもう一人の青年がたしなめる。
「アベルは心配性だな。俺たちが逃げた連中に遅れを取るかよ」
脱走兵とは言っても元は同盟の兵士だ。忠義を投げ出しても騎士としての経験、実力は投げ出してはいない。
「馬鹿者」
「ウォルド、彼の言うことも間違っていない。それにウォルドは脱走兵の存在に気づけなかっただろう?」
ウォルドはユーリの父親の代から腕を振るって来た歴戦の戦士だ。だが、彼も歳の所為か観察眼に衰えが目立ち始めている。
それでも現騎士団で随一の実力を誇る名将だ。
「ウォルド、団長たるあなたが彼らの実力を評価しないで一体誰が評価するのか?」
ユーリ自身は爵位を継いだばかりで騎士団を率いてまだ数ヶ月だ。最も騎士団との関わりを持つウォルドが士気を上げさせねば一体誰が上げさせるのか?
「申し訳ありません」
「彼らを心配する気持ちも分かる。それでも我がペルシ騎士団の現人員にとって初めての実戦だ。気負っていては本来の実力は出せない」
敵兵力がはっきりしない状況では尚更気が抜けないのだろう。
「鼓舞と軽んじるでは意味が違う。レノンもそこは理解しておくんだ」
ユーリはレノンに言い馬を翻して街へ向かう。
「ウォルド彼女たちにサインを」
「承知致しました」
ウォルドは自身の馬に土を掘らせその上に蹄を突き刺しユーリの後を追った。
・
「はっ、はっ、はっ」
青い髪をなびかせながら修道服の少女はヘルザ市街を必死に駆けまわっていた。
正面から甲冑の擦れる音が聞こえ、咄嗟に道端の空樽の中に身を隠す。
「おい、あの小娘はどこ行きやがった」
「目を離した隙に逃げた」
「クソッ、見つけても殺すな。あいつは売れば金になる。同盟なんざ糞食らえだ。あんなクソったれな国王の指示なんざ聞けるかよ! 行くぞ」
「おっ、おう」
脱走兵二人の足音が聞こえなくなるまで待って樽から出る。
「はあ、はぁ、こんなことになるなんて、母なるフリアテ様は、さぞお嘆きになられるでしょう。でもわたしは絶対に逃げません! わたしはあなたの子なのですから」
修道女は覚悟を決め再び市街を駆ける。
三時間前、ヘルザ近郊
「お前たち、大丈夫か? もう少しでヘルザへ着く」
ダルム騎士団のヨンム団長が兵たちを方へ向く。
先の激戦期で疲弊しきった兵たちを気遣うが彼らの士気が日を追うごとに落ちている。
現国王ヴァルケン・ルーマニアの待遇のせいだ。
帝国の物量作戦を凌ぐ為、大勢の兵たちを招集しておきながら凌いだ後何の恩賞を与えなかった。いや、それ以上に同盟軍に割く王国の軍事費を削減したのが大きい。
「皆辛いのは分かる。だが、今を乗り越えっ……グフゥア!」
「もう遅い、遅いのです団長! 俺たちは同盟について行けない。あれだけ犠牲を払った『中部大侵攻』の後、あのような扱いをされれば誰だってこうなります」
「エリック、貴様ぁ……ガァ」
副官エリックの背後からの謀反、そして倒れるヨンム団長。
「あぁ、ああ」
悲鳴も上げられずただ眼前の光景に狼狽するだけのシスター、ルチア・ミレーヌ。
「待て!」
「あああ!」
命が尽きる勢いで声を発しながらヘルザの街へ逃げた。
「大丈夫ですか? わたしは敵じゃありません。酷い怪我……今治癒します」
裏路地で倒れていた呼吸の弱い住民の生き残りに慈愛魔法の魔道球を取り出して詠唱をする。
「母なるフリアテよ。あなたの御心を!」
その言葉は必要無いのだが、下級である修道女に正しい意味を理解させる為に義務付けられている。そして彼女にとって自身に安心感を与えてくれる母の教えなのだ。
「あっ、あぁ……」
白い光が住民の身体を包み傷を塞いで行く。だが、彼の呼吸は更に弱まる。
「そっ、そんなぁ! どうして?」
ルチアは慌ててもう一度詠唱しようとするが、ついに息絶えた。慈愛で傷は癒やせても出血による死は防げない。
「ごめんなさい! ごめんなさい! わたしがもっとしっかりしていたら……」
悔やんでも泣いても死した者が起き上がることは無い。
分かっていても涙が止まらない。己の無力を呪わずにはいられない。そして、弱き者を助けられる強さが欲しい。
「こっちだ! こっちで慈愛魔法の光が見えた」
「うそっ、見られたの?」
やはり魔法は目立ってしまう。
落ち込む暇をも与えずルチアは声と逆へ走った。
路地へ出たところに馬に乗った騎士が道を塞いだ。
脱走兵の騎士に見つかったのだ。
「っ……」
魔道球を割る勢いで握りしめ目を瞑る。
これから自身に起こることへの恐怖を和らげる為だ。女神フリアテはずっと見守ってくれている。それだけで心が安らぐ。だが……
「母なるフリアテ様、わたしの身体は汚されてしまうでしょう。もうあなたの元へは参れません」
「まだ、君を母なるフリアテの元へは行かせない!」
「えっ?」
聞き慣れぬ青年の声に目を開け相手の顔を見る。
逆光の所為で顔ははっきりと分からないが、金色の髪に青白い甲冑に身を包んだ青年がこちらへ手を差し伸べた。
「さあ、こっちへ」
作者名が変わっていますが同一人物です。
のっけから同じ同盟軍と戦うはめになってしまっています。
ペルシ騎士団の若きメンバーたちが遠征地へ向かう途中に脱走兵の鎮圧に向かう。
そして、ヘルザの街へ逃げ延びたシスター・ルチアの運命は?
次回は出来る限り早く投稿致します。