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始業式の朝、まゆうはいつも通り瑞樹と新学期の学校へ向かった。五年生、大人な響きだ。二年生の時は五年生は大人だと思っていて怖かったが、自分がなってみるとまだまだ子供だった。
まゆうは、春休みの間に容姿のコンプレックスを克服した。ママに私はブスなのかと聞いたとき、ママが鏡の自分と直接見る自分は違うことを教えてくれたからだ。確かに今まで鏡を見るときは真剣な表情だった。試しに笑顔で鏡を見てみたら、結構可愛かったのだ。とにかくまゆうは容姿を気にしない様に、笑顔でいるように心掛けようと思った。
昇降口の前で、先生が新しいクラスの名簿を配っていた。まゆうは五年三組になり、瑞樹は二組だった。五年三組にはなんだか大人っぽい子が多い様な気がして怖かった。シホちゃんも三組だ。
名簿の小川まゆうの下に、川澄新菜と書いてあった。それが初めて新菜の名前を見た瞬間だった。
まゆうは不安を感じながら五年生の教室がある三階への階段を上った。
始業までにあと十分あったので、瑞樹と一緒に三階のトイレに向かった。日当たりが良いトイレの前のベンチには、やっぱりシホちゃんと、同じグループの二人がいた。シホちゃんはまゆうを見つけるやいなや抱きついた。
「まゆうとまた一緒だよ。やったー!」
まゆうは少し緊張しながら、嬉しいと伝え、
後は誰がいるんだろ?と言いながら名簿を広げ、シホちゃんの隣に座った。他の子達はまゆうとシホちゃんを囲む形になって二人の会話を見つめていた。まゆうは嬉しくて、瑞樹よりシホちゃんともっと仲良くなりたいと思った。
「元三組の女子少なくない?うちらのグループあたしとまゆうしか居ないし!先生うざー」
「でもさ、シホちゃん、タダいるよ」
戸田紫保美から一つ飛ばして上に、田代唯央とあった。タダは、シホが三年生の頃から好きな人で、学年で一番大人っぽい服を着ていて、高校生のお兄さんが居る。そのお兄さんは煙草を吸うらしい。まゆうは瑞樹とシホちゃんと三人でタダの家に遊びに行き、服に煙草の臭いがつかないか心配で早めに帰った事がある。
シホは、うふふふふふとにやけて長い腕で変な動きをした。シホちゃんはそんな事をしてもなんだかかっこよくて、皆シホちゃんを囲んで笑った。
瑞樹が、またタダんち遊び行こうよと言ってふざけてシホちゃんを人差し指でつんつんした。シホちゃんは、うんいこうね、と言ってその人差し指を無視して名簿に目をやった。かっこよかった。
「ねえ、転校生の子もう見た?」
シホちゃんは川澄新菜という字を指差した。まゆうは見てないよどうなんだろう良い子だといいな、と言った。早く見たい思いでいっぱいだった。転校生という存在にはなぜかみんな興味をひかれるものだ。
教室に向かうと、もうほとんどの子達が座っていて始業まであと一分になっていたので、シホとまゆうは顔を見合わせ焦るそぶりをして笑いあった。
教室もまた日当たりがよく、窓際の席なので常に日光浴している形になった。そういえば後ろの空いた席に転校生が来るはずだ。シホちゃんは、もし転校生が可愛かったらグループに入れるつもりなのだろうか。まゆうは人見知りが治る事を今のうちに祈った。
始業の時間になり、担任らしい先生が、ちょっとまっててね、と言って出て行った。皆ざわついた。まゆうは窓に背を向け、後ろに重心をかけて椅子の前足を浮かせた。首が暖かかった。
「ここあったけー」
丸坊主の人が自分と同じポーズをしてきたと思い驚いたら、大葉だった。
まゆうは思わず笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
大葉は私の脇の下をつついた。やめて欲しかったので大葉の首をくすぐった。
「ごめんごめんやめて本当に」
「ねえ、なんで丸坊主なの」
まゆうはまた笑った。大葉は、うるせーだろ!と言った。大葉は、多分一番面白い男子だ。彼はタダと仲が良く、いつも変な事をして遊んでいる。
隣の列には、四年三組の時のお絵描き友達がいた。佐藤桜ちゃんだ。桜ちゃんは結構太っている。でも色白でニコニコしていて可愛い。これからこのクラスで桜ちゃんと話す事があるんだろうか。桜ちゃんは幼馴染だがおとなしい。二人が大きくなるにつれ話さなくなってきてしまっている。
「転校生見た?」
「まだ誰も見てないんじゃね?可愛い子がいいな」
大葉はふざけてそう言った。可愛い子が居たからって何もしないだろ、と思った。まゆうは軽蔑したように目を細めた。
五分くらいして先生が女の子を連れて戻って来た。皆静まり返る。
「今年から皆の仲間になる、川澄新菜さんです。」
先生がそう言って、その子に挨拶する様に促した。その子は誰の顔も見ずに、にいなって呼んでください。よろしくお願いします。と言って小さくお辞儀した。はきはきしている訳でもなかったが、ぼそぼそとした喋りでもなく、声はびっくりするくらい透き通っている。
彼女は、きっとこのクラスの子達は誰も見たことがないくらい、美しかった。髪の毛は長く色素が薄くて、背も、学年の中でも高いまゆうと同じくらい高かった。真っ白でウエストに切り替えが入ったワンピースはすごく似合っていて、まゆうはその子を天使のようだと思った。
「とりあえずあそこに座ってね。」
担任に促され、新菜は机と机の間を歩く。ハーフアップにしている髪に、小さな水色のリボンがついている。横を通る時良い匂いがした。なんとなく外国っぽい匂いのような気がする。
「川澄さんが早く学校に馴染めるように、色々教えてあげましょうね。今日から担任になる渡辺有子です。皆一年間一緒に頑張ってい
きましょう!一、二時間目の学活はみんなで自己紹介をしまーす。五十分から始めます。」
まゆうは後ろを振り向きたい気持ちでいっぱいだった。皆も見たくてしょうがないだろう。まゆうはさっきのように窓際に背を向けて壁に寄りかかった。
「新菜ちゃんだよね?これからよろしくね」
「そうだよ。名前なんていうの?」
新菜は落ち着いているのか緊張しているのか、笑わなかった。
「まゆうだよ。」
「まゆちゃん?」
よくある間違いだった。
「ううん、まゆうだよ。なぜか、う、がつくの」
そう言って笑うと、新菜も笑って言った。
「まゆちゃんじゃだめ?」
そんなこと言われたのは初めてだった。まゆうは今までニックネームをつけられたことがなかったのでニックネームがある人がずっと羨ましかった。すごく嬉しかったし、新菜はものすごく可愛い。日差しが新菜の髪を透かしてキラキラ光っている。こんな髪の毛の子初めて見た。水泳をやっている子も髪が茶色いけど、こんなに綺麗じゃない。顔もすごく小さくて、顔の横幅の三分の二が目に見えるくらい、目が大きい。鼻も綺麗で、笑った唇がほんのり赤い。
「いいよ。まゆでいいよ。新菜って呼んでもいい?」
「うんうん!嬉しい。」
新菜は微笑んだ。シホちゃんがこっちに向かってくる。まゆうは笑顔を向けた。
「新菜ちゃんよろしくね。シホって呼んでー!」
「うん。よろしくねーシホ。」
「ねえ、ハーフなの?超可愛いね!」
シホちゃんは多分グループに新菜を入れるつもりだろう。でも私はなんだか、新菜はグループには合わない気がした。新菜と釣り合う子なんていない気がするし、なぜだか私は新菜に友達をたくさん作って欲しくないような感じがした。
「今のお父さんは日本人なんだけど、前のお父さんはアメリカ人だったの。」
新菜は少しめんどくさそうに笑った。
「英語話せるの?」
新菜の隣の背の高い佐藤くんが会話に入ってきた。
「ううん喋れないの。五歳くらいまではアメリカに居たから喋れたんだけど、もうずっと日本に居るから忘れちゃった。」
佐藤くんは新菜に見とれている。新菜は両腕で頬杖ついている。少し癖っ毛風の髪の毛が新菜の背中でも光っていた。
シホちゃんよりかっこいい子が来てしまった。アメリカに居たなんてかっこよすぎる。動じない態度もかっこよかった。
「一時間目を始めます皆席に着いてー!」
シホちゃんはじゃあね、と言って席に戻った。