花
美術室から見える重たく、灰色の雲がとうとう雨を降らせた。
夏特有のじめっとした空気が筆を持った俺の体にまとわりつく。
その空気を振り払うように俺は筆をキャンパスに叩きつけようとした。
からん
乾いた音を立てて、絵の具だらけの筆が手から滑り落ちる。
もう、この音を何千万回も聞いた。
薄暗く、誰もいない美術室にそれは響いた。
もう一度筆を持とうとすると、今度は一秒も持っていられなかった。
からん
いい加減疲れて、筆とキャンパスから気を逸らす。
時計を見ると7時55分と示されていた。
もう、帰ろうと慣れない左手で支度をする。
時間をかけて帰る支度を済ますと、ドアを左手で開けた。
ガラッ
しばらくあの音しか聞いてなかった俺にとっては、心地よく耳に響いた。
美術室からでると、近くに女の子がうつむきながら座っている。
「琴李?」
琴李はぱっと顔を上げ、ちょっとだけわらった。
「雄、一緒に帰ろう」
………
二人とも、傘なんて持ってないからびちゃびちゃに濡れた。
「おまえ、一時間ずっと待ってたの?」
琴李はへらっと笑って
「雄が心配だったから」
って言った。
心配ってなんだよ、俺の手のこと?
「心配される必要ねぇし」
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