04〜狡猾なる者の寝所〜
アリスとロイは壁の穴から壁の中に入った。
壁の中は通路ように狭く壁一面に静止した歯車が敷き詰められていた。反対側の壁には幾つもの足場が張り出しており、そこから縄梯子が垂れ下がっていた。
「なんでついて来るの?」
「一人では危険だからですよ、アリスさん」
ロイは丁寧に答えた。
「そう」
するとアリスは素っ気なく返し、さっさと上へと登って行った。
「冷たい言葉しか返ってこないな」
ロイは笑みを浮かべながらアリスの後を追った。
二人は上部にたどり着くと赤と白の格子縞の床が広がる天井裏に出た。
「此処からは慎重に進んだ方がいいですよ、でないと床が抜けますから」
アリスはロイの言葉を無視して、格子縞の床に一歩踏み出した。すると足が少し触れた途端、触れた部分の一回り大きい範囲が脆く崩れた。
アリスはすぐに足を退くとしゃがみ、崩れた穴から下の様子を伺った。
下では金色の長い髪に毛先に鷲の羽根が生えた少女が大きなベッドの上で丸くなって眠っていた。
「さっきの奴は居ないようね」
アリスは立ち上がり、穴が開いた床に飛び乗った。
「ちょっ、何を」
すると床の穴は広がり、ロイが止める暇もなくアリスの身体は下へ落ちて行った。
「あ〜ぁ、行ってしまった…」
アリスは落ちるときに床に引っ掛けておいた右手首のものを使って、ゆっくりと家主イーグの部屋の床に降り立った。
「あれは!」
アリスは大きな鳥籠の中に動く白いものを見つけ近付いた。
そこには白ウサギが閉じ込められていた。
「出してくれ、急がないと遅れてしまう」
「いいけど一つ聞きたいことがある」
「なんでも答えてやるから出してくれ」
「森の中で帽子屋を見なかった?」
「それなら自分の屋敷の方へ行った」
「自分の屋敷?」
「森を抜けた先に紫屋根の一軒の屋敷がある、答えたんだから早く出してくれ」
アリスは右手首のものを慣れた手つきで大鎌に変化させ、鳥籠の錠前を切り裂いた。すると白ウサギはアリスに御礼も言わずに鳥籠から飛び出し駆けて行った。
「何よ、礼もなし?」
アリスは突然、跳び上がった。するとアリスの足下を何かが通過した。そして、アリスは鳥籠の上に降りた。
「よくも晩餐の食材を逃がしてくれたな」
「姿と似つかわしい野蛮さね」
「他人の家へと勝手に足を踏み入れる不逞の奴に言われたくないわ」
家主イーグは口を開き、鳥籠に息を吹き掛けた。すると鳥籠は溶けるように拉げ、アリスはイーグを飛び越えながら黒い大鎌を出して背後に降りた。そして、振り向き様に大鎌を振るった。
大鎌の刃はイーグの針のような毛に阻まれて止まった。
「そんなものでは私に何人足りとも傷付けることは出来ん」
イーグは翼を羽撃かせ、天井近くまで上昇した。
「随分な自信ね」
アリスは大鎌の柄の端を持ち、大きく後ろへ手を引き下げた。そして大きな半円を描くように大鎌をイーグ目掛けて投げ放った。
「そんなもの容易く躱せるわ」
イーグは軽く身を翻した。大鎌はそのままの勢いで天井に突き刺さった。
「これで攻撃する術はなくなったな」
「そうかしら?」
アリスは意味深な言葉を言うと天井が一斉に崩壊し、粒子状の天井の破片がキラキラと舞い落ちた。
イーグは輝く天井の破片に目が眩み、アリスの姿を見失った。
「小癪なことを…」
そして、輝く天井の破片の中から二つの回転する刃が現れ、イーグの翼を根元から切り落とした。
「見えすぎるのも不便なものね」
イーグは血飛沫で螺旋を描きながら鈍い音を立てて床に落ちた。そこへロイが現れた。
「一時はどうなるかと思ったけど、さすがは血染めのアリス(ブラッドステンドオブアリス)」
「どうも好かないにおいがすると思ったらそう言うこと…」
アリスはロイの言葉を聞き、何かを察した。
「あなたはこの世界の人間ではないわね」
「残念ですが、そろそろ時間なので失礼するよ」
「ちょっと!」
「お喋りな猫には気をつけるといい」
ロイはそう言い残すと何かが身体から抜けたように俯いた。
「あれ?ここは…………!」
ロイが再び顔を上げるとさっきまでとは雰囲気が変わる。
「イーグ様!」
ロイは床に伏す血塗れの少女を発見し駆け寄った。
少女の金色の髪は肩位の部分で不自然に切れており、その少女の周囲には鷲の羽根が散らばっていた。
「あれは上から見た時にいた…あれが此処の主の正体だったとはね」
アリスは少女の姿のイーグを見て思った。
「誰がこんなことを……」
「それは私がやったのよ」
アリスは有りの儘を告げた。
「お前が!」
ロイの怒りに呼応して角に炎が燈った。
「やめなさい…」
イーグは弱々しい声でロイを止めた。
「ですが」
「貴方も知っているでしょ?あの姿の時の私の強暴さを…」
「………」
ロイは暫しの沈黙の後、涙ぐむ。
「…仕方がないわね…」
アリスはその様子を見兼ねてイーグに近付いた。
「どきなさい」
そう言いロイを突っ撥ねるとアリスはイーグの胸元に手を翳した。するとイーグに付着した血が次々と赤い光の粒となり浮かび上がり、アリスの手許に集まっていく。そして、イーグの身体へと溶け込んでいく。
全ての赤い光の粒がイーグの身体に溶け込むとイーグの胸元から手を離す。
「…ありがとう」
イーグは起き上がり、アリスにお礼を言った。
「気にしなくていいわ、私の気まぐれだから」
アリスは逆さの大きな扉とは別の小さな扉を見つけ、そこから出ていった。
「イーグ様、翼は…」
「いいのよ、これで…」
イーグは惜しむように自らの髪を触れる。
「…私の脅威は消えた…」
イーグは心の中で意味深な言葉続けた。
「酷くお疲れのようだにゃ、アリス」
「うるさい…」
アリスは扉に寄り掛かりながら、苦しい表情を浮かべ、額からは脂汗が滲んでいた。
「…少し力を使…過ぎたみた…」
アリスは扉に背中を滑らせ床に座り込んだ。