03〜逆さ宿り木〜
袋小路には、木々の枝が絡み合いの間で逆さまの一本の木を作っている。
「あのウサギ、何処に消えたの?」
アリスは袋小路の周りを調べたが何処かに出れるような所はない。そして、中央の逆さまの木を調べる為に近付くと絡み合った枝が避けるように開き洞が現れた。
「まさか、この中に?」
洞の縁に手を掛けて中を覗くと突然、背後から強風が洞に流れ込み、アリスは洞へと落ちて行った。
洞の中を落ちていくとだんだん明るくなり、ぼんやりと周囲の様子が見えてきた。
壁には幾つもの針が拉げた時計が敷き詰められており、アリスは周囲を見回していると突然、目の前に白と黒の格子縞の床が現れ、身構える間もなく床にぶつかった。
格子縞の床は衝撃を吸収するかのようにアリスを中心に大きなうねりが生まれた。
「…ったくいきなり何なのよ」
うねりはすぐに消えてなくなり、平らな硬い床になった。
アリスは立ち上がると壁に敷き詰められた針の拉げた時計の中に紛れ込むように扉があった。
他に進めるところが無さそうなのでアリスはその扉を開けて中に入る。
「何なのこの部屋…」
見上げる程大きな丸机や椅子、箪笥などの家具ある部屋だった。
アリスは不意に自らの身体に違和感を感じた。
「もしかして私が縮んだの」
自分の身体を見ていると鷲の鳴き声が響く。
アリスは何かが近付く気配を感じ、すぐにその場で身を屈めた。すると頭上を勢いよく大きな影が通過し、風が巻き起こった。
「何なの?今の」
アリスは影が過ぎ去った方を見るとまた向かってくるのが見えた。
「こっちだ」
アリスは身構えていると声が聞こえた。
声の方を見るとそこには六本の腕、二本の脚があるタキシード姿の男、オクタンがいた。
「早く」
アリスは言う通りに男の方に行くとアリスの腰に左手の一つを回し、身体を固定した。そして、右手の一つの袖口から幾千もの細い糸が束ねられた糸を上に向かって飛ばすと数秒後には二人の身体が浮き上がり、勢いよく上へと飛び上がった。
アリスを抱えたオクタンは壁に備え付けられている棚の上に降り立った。
「大丈夫だったかい?」
オクタンはアリスから手を離し聞いた。
「えぇ」
アリスは棚の縁越しに下を覗いた。するとそこには周囲の家具と同じ比率の大きさの頭が鷲、身体が獅子のグリフォンがいた。
「あれは何?」
「此処の家主のイーグ・ライアンだよ」
「オクタ〜ン!」
イーグは大きな声でオクタンの名前を呼んだ。
「君はそこの穴から逃げるといいよ」
オクタンは壁にある穴を示すと下へと降りていった。
「関わると厄介そうだから、いう通りにした方がいいかも」
「いいのかにぁ〜」
チェシャ猫の声が聞こえた。
「何が」
「彼は知っている〜アリスの知りたいことを知っているにゃ〜」
「知りたいこと?…ウサギの居場所?それとも帽子屋の居場所?」
アリスはそう思い、下の様子を覗いた。
「何の御用でしょうか?御主人様」
「此処に誰かやってきただろう?」
家主イーグは鋭い眼光で睨みを効かせながらオクタンに聞いた。
「いえ…私は存じ上げませんが」
「いつになっても使えないやつだな」
家主イーグは見下すと翼を羽撃かせ飛び去った。
アリスは家主イーグを見送ると右手首のリストカバーをずらす、するとそこには十字傷があり、黒い血が滲み出ている。
アリスは棚から床に降りた。そして、落下中に右手を振り上げると手首の傷口から黒い血が紐状に伸びて棚の縁に引っ掛かる。
「横暴な奴だな」
アリスは床にゆっくり降り立つと紐状の黒い血は手首に戻り、リストカバーで被う。
「君、まだ逃げていなかったのか?さあ、早く」
「そんなことより、聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「白いウサギを見なかった?」
「君以外見ていないけど」
「そう」
「白いウサギがどうかしたのかい?」
アリスはオクタンに白いウサギを探してる理由を答えた。
「ふむふむ、そうかそうか」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。
そこには牛の角が突き出た継ぎ接ぎだらけのシルクハットを被り、継ぎ接ぎだらけのスーツを着た青年がいた。そして、青年の顔にも顔を横断するような継ぎがあった。
「ロイ、何処から」
「そこのテーブルの上だ」
「誰?」
「…」
紹介しようとしたオクタンをロイは手で制した。
「俺はカウ・ロイ」
ロイはアリスの片手を取り、会釈して丁寧に尋ねた。
「お嬢さん、お名前は?」
「離せ、気色悪い」
アリスはロイの手を振り払った。
「残念、嫌われたか」
「そうだ、ロイ、君なら知ってるんじゃないか?」
「何をだ?」
アリスの時と違ってつんけんした声色で聞いた。
「白いウサギを探しているようだよ、え〜っと」
「アリスよ」
「そうか、アリスと言うのですか!いい名前だ、それで白いウサギでしたね」
「知ってるの!?」
「それならイーグの寝室の方へ駆けて行った」
「何処?その寝室は!?」
「あそこに」
ロイは部屋の天井付近の壁にある逆さに取り付けられた両開きの扉を示した。その途端にアリスはその扉に向かおうとしたがロイに止められた。
「ちょっと待った」
「なに?」
アリスはロイを睨んだ。
「正面から入るとイーグ様に見付かってしまいます」
オクタンがロイの止めた理由を丁寧に説明した。
「他に入口はないの?」
「あるよ」
ロイが答えた。
「教えなさい」
「じゃあ、デートを一回」
ロイの言葉にアリスは足蹴にした。
「その入口は扉の壁の角にある穴から入れますよ」
「ありがとう」
アリスはオクタンに御礼を言い、部屋の角へと向かった。
「いい蹴りしてるな」
ロイは立ち上がるとアリスの後を追って角の穴に向かった。
「相変わらず懲りないな、ロイは」
オクタンはロイの行動に呆れた。