01〜ハート城〜
黒いドレスに白く縁取りされた黒いエプロンを着た黒い長髪の少女は地の底より深い闇の中で一人、一筋の日の光が差し込む明かり取りの光の下で膝を抱えて座り込んでいた。
「どうして私がこんな所にいれられなきゃいけないのよ」
少女はぶつぶつと愚痴を零していると暗闇にギラリと光る二つの黄色い猫の瞳が空中に現れた。
「聞いてる?」
「聞いてるかと聞かれればそう答えるけど聞いてるかどうかは分からないにゃ」
そう曖昧な言葉を連ねると瞳を綴じ、暗闇に消えた。
「はい、はい」
少女は要領を得ない言葉に生返事をした。
「なんでこんな猫助けたんだろう…」
後悔と共に、深く溜め息をついた。
時は遡り、真夜中になる頃。
少女は町を見渡せる丘にある大樹の下で出来事は起きた。
突然、目の前に毛並みの良い黒い猫が落ちてきた。
「うわっ!」
少女は驚き、大樹の幹に背をつける。
「何だ、猫か」
猫は四つ足を付けたままこちらをじっくりとこちらの瞳を見つめてくる。
その目に惹き込まれるように身動きが取れずにいると町へと繋がる道を誰かが急いで走ってくるのが見えた。
猫は直ぐ様少女の肩に飛び乗り、着ていた上着のフードの中に身を埋めた。
「ちょっと何っ!」
フードに入った猫を出そうとしたところで此方に走ってきていた人物が目の前までやって来ていた。
その人物はフードとローブで身を隠した白髭の怪しげな老人だった。
老人は荒れた息を整えると尋ねてきた。
「……すまないがお嬢さん、ここらで黒猫を見なかったかね?」
「知りません」
咄嗟に否定してしまった。
「そうか…」
老人は辺りを見回すと少女の横を駆けて、来た方向とは逆の方へ丘を下っていった。
老人の姿が見えなくなると猫はフードから飛び出して地面に座った。
「ありがとうにゃ」
猫は少女にお礼を言った。
「そりゃどうも……って喋った!?」
少女は耳を疑ったが続けて喋った。
「これはお礼にゃ……」
その言葉を最後に少女は地面の喪失感と共に視界は暗闇に染まった。
少女は気が付くと白昼で見たこともない白亜のお城の中庭に立っていた。
「……ここは何処なの?」
周りには花を切り落とされた白い薔薇がたくさんあった。
「何?これ」
そこでようやく衣服が黒いドレスに黒いエプロンの姿に変わっていることに気付いた。
衣服の変化に気を取られていると中庭の四方の入り口から半分が白地で半分がトランプ柄をした仮面、トランプ兵が複数現れて少女を囲んだ。
「そいつが私の庭園をこのような有様にしたのね」
「はい」
仮面達の後ろから沢山の宝石を着けたふくよかな女性と鼻先の長い仮面で目鼻を隠し、烏のような姿をした男が現れた。
「ならば捕らえなさい」
仮面達は少女の周りに包み込むように集まり、少女は見えなくなった。
そして、仮面達は一体となり、卵のような形となった。
「裁判まで地下に閉じ込めておきなさい」
卵のような形をした物は地面に沈み込むように消えた。
地の底より深い闇の中で一人、一筋の日の光が差し込む明かり取りの光の下に少女はいた。
「今度は何処なの!?」
「ここは闇獄だにゃ」
暗闇の中にギラリと光る二つの黄色い猫の瞳が現れた。
「その声、あの時の猫ね」
「さぁ、何のことにゃ」
「私に何をしたの!?」
「知らないにゃ」
「………もういいわ」
少女は暫く猫と一方的に問答したが答えない猫に呆れて聞くのをやめた。
そして、現在に至る。
「全く何時になったら此処から出られるのかしら」
そう愚痴を零すと天井から射し込む、光が広がる。
「ようやく出られそうね」
暗闇は広がる光によって脆くも消えて行く。そして、現れた場所は庭園に造られた裁判の舞台だった。
「裁判を始める」
沢山の宝石を着けたふくよかな女性は城の露台から庭園に集まっている沢山の人々に宣言する
「被告はわたくしの白い薔薇を刈り取った、よって有罪」
「ちょっとそんなこと私はやってないわよ」
「この期に及んで何をいう、目撃者も多数おるのだ」
「私は見ましたその人が黒い何かで白い薔薇を刈り取るのを」
集まっている人々の中から声が上がり、呼応するように他の人々がざわめく。
「茶番ね、付き合ってられないわ」
少女は張りぼての人々を一瞥すると右手首の内側を向けてリストカバーに手を掛ける。
「薔薇と同じように首を刈りなさい」
「失礼、ハートの女王」
特徴的なフェルトのハットを被った小柄の男が張りぼての合間から現れた。
「何、帽子屋」
「残念ながら白い薔薇を刈ったのはそこの少女ではありません」
帽子屋はフェルトのハットの鐔を左手で掴み、俯き加減で進言した。
「…わたくしの判決に不服というわけね」
ハートの女王は睨み付けながら言う。
「まあ、いいわ。それでその少女が違うとすれば誰だと言うの?」
「アリスです」
少女は帽子屋の言った名前に微かに反応する。
「わたくしを愚弄するつもり?」
「事実です」
帽子屋は視線を上げて、ハートの女王の瞳を見つめながら真摯に言った。
「いいだろう、その少女の罪は保留としてやろう。しかし、証しとして帽子屋お前には牢に入ってもらう」
「それはお断りします」
「ならば…捕らえろ」
ハートの女王は仮面達が現れて、二人を囲む。
「ヤマネ」
帽子屋は名前を呟くと鼠の鳴き声が庭園中から次々と聞こえ、姿を現す。すると鼠は二人を囲むトランプ兵に飛び付いていく。
「逃げるなら今だ、アリス」
帽子屋は少女に向けて言った。
「アリス?」
「何を今更、隠したいなら別に構わないけどね」
帽子屋はそう言い残し、鼠と仮面が入り乱れる中をすり抜けて裏門から出て言った。
「帽子屋…何か知ってそうね」
少女、アリスは帽子屋の後を追った。
二人がその場から居なくなって数分後に鼠達は蜘蛛の子を散らしたように四散して何処かへ消えてった。
「わたくしから逃げるとは…」
ハートの女王は露台に置かれた椅子に座り、椅子の肘掛けに握り締めた手叩き付ける。その隣の席に座っていた細身の冴えない男性がハートの女王を宥める。