9
目の前のテーブルにはプレートランチ。その先には微笑み合う男女。隣には戸惑いを隠せず動揺している高校生の女の子。
裕貴は、プレートからサラダをフォークに刺して口に運んだ。
危ない所を助けられたのがきっかけで、大学で再会して興味を持った近藤遥。退屈そうで気だるげな仏頂面が常の遥が、今目の前で穏やかに微笑んでいる。これは一体何事で、隣の彼女は何者か。裕貴はとても興味があった。
「それで?夢が前世で再会な訳?」
四人は今、裕貴の提案でランチをしに店へ入っている。注文した物が届くまでに聞いた話によると、遥と里香は前世が夫婦で、遥の弟の謀略により死に別れたらしい。そして二人共、幼い頃から前世の夢を見続けているのだという。俄かには信じ難い話ではあるが、あの遥が、女に興味が無いのだと思っていた遥が、今目の前で甘く蕩けた瞳で里香を見つめているではないか。信じる信じないの前に、異常事態である。
「こんな事ってリアルにあるんだねぇ…里香ちゃんが男の人をそんな風に見つめてるの、初めて見たよぅ。」
桃にとっても驚きの連続で、もう何に反応したら良いのかわからない。
夢の話はずっと聞いてはいた。だがそれが前世で、相手もリアルに存在していて、尚且つ再会が果たされるとは…本当に御伽噺だと感心してしまう。
驚きながらも食事を口に運ぶ裕貴と桃。二人の目の前に座る里香と遥は、まるで長年連れ添った夫婦のように、穏やかな雰囲気を醸し出している。
「遥さんと裕貴さんは、親友なんですか?」
食事を口に運びながら質問する里香。その瞳はうっとりと蕩け、遥から視線を逸らされるのは短い間だけ。スプーンで食べ物を口に運ぶのに逸らしても、すぐに遥へと視線が戻る。対する遥も同じ状態で、見せつけられている裕貴と桃はそれぞれの反応をしている。
裕貴は興味津々で観察をして、桃は気にはなるが余りの甘さに居た堪れない気持ちでチラチラと見るにとどめていた。
「親友…?」
「おいおい、俺ら親友だろ?こんなにいつも一緒にいるってのにそんな怪訝な顔するなんて酷くねぇ?」
「いつ、親友になった?」
「もう出会った時からの親友だって。あんな華麗に俺を悪漢達から救ってくれちゃってさぁ。マジイケメン。」
「ただのストーカーじゃねぇか?」
「いくら遥くんが綺麗でもさぁ、俺男に興味ねぇから。ストーカーするなら、桃ちゃんみたいに可愛い女の子が良いかなぁ。」
「え?私?」
遥と裕貴の会話を黙って聞いていた桃だが、突然話を振られて動揺した。あわあわと慌てている桃の手を裕貴が握り、顔を覗き込んで甘く笑う。
「そう、桃ちゃん。手、すべすべだね?爪も可愛い形。お手入れしてんの?」
「いえ…あの、何も…」
「何もしてないのかぁ。素が綺麗なんだね。唇も、可愛いかたちぃててててぇっ遥くん!マジ、ごめ」
「てめぇは堂々と女子高生口説いてんじゃねぇ。」
「遥くん俺の事言えねぇんじゃね?」
「俺とお前は違う。」
「わかった!ごめん!とりあえず手、離してっ!」
机の向こうから手を伸ばして来た遥にギリギリと片手で頭を掴まれ、余りの痛みに裕貴は涙目で蹲る。男達二人の様子を桃は目を丸くして眺め、里香は苦笑しつつも、裕貴からは視線を逸らしていた。
「てかさぁ、彼女、さっきから俺の事見なくねぇ?俺なんかした?」
里香は裕貴の存在を認識してからというもの、ずっと視線を逸らして視界に入れないようにしていた。裕貴もそれには気付いており、初対面の女の子にそんな反応をされるのは初めての体験で少し戸惑う。
理由を問うた裕貴に、里香は視線をやらずに困った顔になった。
「ごめんなさい。あなたがどうとかじゃなくて…色が、ダメなんです。」
「色?」
首を傾げる裕貴へと桃と遥の視線が集まる。裕貴が身に付けている色はワインレッドと白。これまでの里香を知っている桃は納得した顔になり、遥は眉間に皺を寄せた。
「雪と、血か。」
呟いた遥を見上げて、里香は苦笑する。
「はい。…最後を思い出して、ダメなんです。」
眉を下げて困った表情をした里香を遥は片腕で抱き寄せた。サラサラと音を立てる里香の長い黒髪を梳いて、遥は別れの光景を思い出す。そして、ずっと気になっていた事を口にした。
「景虎が死んだあと、茜はどうなった?」
遥が知るのは景虎の意識がある所まで。その先の茜を遥は知らない。
「自害しました。虎様と一緒に、あの場で果てました。」
「……そうか。」
生きて、幸せになっていてくれたらと願っていた。だが二人がこうして再会したという事は、茜は景虎との再会に固執する最後を迎えたという暗示のような気もしていたのだ。複雑な気持ちで微笑み、遥は里香を見つめる。
「その…再会を、君も望んでいたって事は……俺と、生きるか?」
遥自身、茜を探してはいた。だが、再会した後の事は余り深く考えていた訳ではない。再会してみて、この腕に彼女を抱いて、手放したくないと、強く思った。
妙な緊張感で冷や汗を掻いている遥を、里香はきょとんと見上げる。里香も再会を望んでいた。だけれどそこから先の事など考えてはいなかった。いなかったが、答えは当たり前のように、里香の胸の中に、すとんと落ちて来た。
「私はずっと、あなたの物です。」
ふんわり微笑んだ里香を見て、遥は安堵の表情を浮かべる。微笑み合う二人を眺める裕貴と桃は、ランチの場での突然のプロポーズらしき展開に、ぽかんと口を開けて眺めていた。
「突然の展開。流石の裕貴様でもついていけねぇ。」
「私も、です。」
桃と苦く笑い合い、とりあえず今後は赤と白の組み合わせで里香に会うのは御法度なのだなと、裕貴は考えたのだった。