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突然の出来事に、混乱していた。
裕貴と来たショッピングモール。余りの人混みに、人探しは無理だろうと遥は思った。しばらく二人でぶらついて、腹が減った事だしそろそろ出て昼飯を食べに行こうか相談をしてから出口へと歩き出した。
だが、遥の服を背後から鷲掴んで歩みを止めた者がいた。
一体どこのどいつだと振り返った遥の瞳に映ったのは、高校生らしい女の子。その顔が、茜だった。
「虎、様…」
呟いた彼女の言葉で確信へと変わり、ハラハラ泣きながらも嬉しそうに笑った彼女を腕の中へ閉じ込めた。
まるでパズルのピースが嵌るように、彼女の身体は遥の腕へと収まり違和感がない。この女の子の為の場所だと、心が喜びに震えた。
「えーと、遥くん?何事?彼女いたの?虎様って?時代劇?」
隣では裕貴が混乱した声を上げているが、一番混乱しているのは遥自身だ。
「里香ちゃん。虎様って、夢のやつ?この人が虎様?」
彼女の連れらしい人物も混乱している。
余りここでこうしていても人の流れの邪魔になるし、注目を浴びている。遥は彼女の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
「茜、場所を変えよう。」
「はい。虎様。」
濡れた頬をそっと脱ぐい、遥は彼女の腰に手を添える。身体を離せば、幻のように消えてしまう気がして恐ろしかった。
「遥くん、笑えたんだ…。君、あの子のお友達だよね?俺らも行こっか?」
裕貴が残された少女を促して、歩み去る二人の後を追った。
遥は建物を出て、人が少ない場所へと向かった。
歩きながらも、隣の存在を確認する。彼女の方も半信半疑なのか、チラチラと遥を見上げて、二人は目が合うと微笑み合う。
人通りの疎らな路地で、足を止めた遥は再び彼女を腕の中に収める。左手で腰を抱き、右手は彼女の輪郭や唇を辿る。瞳はまっすぐに彼女を見つめ、存在を確かめる。
「あ、あの…」
頬を赤く染めた彼女が呟いた。
戸惑っているようだが、赤く染まったその顔は、やはり夢の中の茜その物。
「近藤遥。今の名前。君は?」
「え、と…里香です。立花里香。高校二年生です。」
「17歳?」
「はい…」
「俺は二十歳。景虎と、茜の年齢差と同じだな。」
「そう、ですね…」
景虎と茜の年齢差は三つ。そこまで同じかと、遥は関心した。
「ねー、ちょい、甘い雰囲気の所悪いけどさぁ、遥くんと彼女、どういう関係?桃ちゃんも聞きたいよねぇ?ちなみに俺は島田裕貴、遥くんの親友。」
いつの間に親友になっていたのだと、遥は眉間に皺を寄せる。
裕貴はここに来る途中で里香の友人の少女と自己紹介は済んでいるようで、馴れ馴れしくも桃ちゃんなどと呼んでいた。
「里香ちゃん、虎様?本物?」
桃は遥の腕の中の里香を心配そうに見つめている。突然友人が見知らぬ男を夢の中の男の名で呼んだのだ。桃の頭の中は混乱して、不安で、心配で一杯になっている。
そんな桃に、里香はにっこりと笑い掛け、視線を遥に戻してうっとりと見上げた。
「虎様。本物。夢と、同じ。」
里香の右手が遥の頬を撫で、遥はその感触に懐かしさと安堵を覚えて、微笑む。
「君も、夢を?」
「はい。小さい時から、茜と虎様の夢、見てました。あなたも?」
「俺も見てた。探していたんだ、君を。」
「私も、あなたに会いたかったです。」
空には鱗雲。
互いの体温を確かめるように抱き合う二人。
晴れ渡る空の下、別れた男女の再会が、今果たされた。