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新宿は平日でも人で溢れているが、休日は特に凄い。都会っ子で人混みには慣れている里香と桃は、すいすいと人混みを塗って進んで行く。
辿り着いた目的の場所は、案の定人で溢れていた。
「すごいねー、人。」
「だね。エクレア、並ぼうか。」
桃の呟きに里香も同意して、まずは目的のエクレアの店へと向かう。そこには既に長蛇の列。覚悟していたとはいえ、里香も桃もその様に少しげんなりとする。
「一時間待ちだって。みんないつから並んでるんだろうね?」
苦笑して里香が呟くと、桃も頷く。
「ねー。エクレア大人気だよぅ。」
これだけ並ぶとは期待が膨らむ。里香と桃は、会話をしたり、二人でスマホでゲームをしたりと並ぶ時間を楽しんだ。
目的の物は全種類購入して、早速味見をしようとベンチを探すがどこも埋まっている。
「こりゃ休憩も一苦労だよぅ。」
弱音を吐き始めた桃に苦笑して、里香はキョロキョロ空いている場所を探す。だがやはり見つかりそうにない。建物の中は諦めて、自販機で飲み物を買ったら外に出る事にした。
「ふひー、やっと座れたぁ。エクレアどれ食べよっかなぁ。」
外の花壇の段差に腰掛け、二人はやっと休憩が叶った。どれを食べるか悩む桃を横目で眺め、里香は自分が購入した箱からノーマルタイプを選んだ。他にもマカダミアやオレンジ、カシスや抹茶など色々買ったが、やはりプレーンが一番味の違いがわかる。
「桃、半分こしよう?」
「うん!」
桃はカシスを選んだようだ。
プレーンを一口齧って、里香は長蛇の列に納得した。コンビニの物と違って味が繊細だ。
「並んだかいあったなぁ。」
桃も同じ事を思っていたようで、二人で感想を言って交換した。カシスも中々。甘酸っぱい感じがとても美味しかった。こうなると他の味まで食べたくなるが、里香と桃は家族の為だとお互いに言い合って一つでやめておく。
「目的達成!人混みだけど、中もちょっと見てみる?」
「だね。折角来たんだし、歩いてみよう。」
里香の言葉に桃はにっこり笑い、二人は気合いを入れて再び人が溢れかえる建物の中へと入って行った。
「イケメン発見!」
人混みの中で店を冷やかして回っていると、桃のイケメンレーダーに引っかかる人物がいたようだ。年頃の二人は、よくこうしてイケメン探しをして遊んだりする。そしてお互いの好みの話をして、そのイケメンがどんな性格なのかを想像するのだ。
「どの人?」
「あそこの柱の側。ワインレッドのジャケット着て、短髪黒髪。」
「あー、桃好きそう!遊んでそう!」
「経験豊富そうなのか良いんだよぅ。あ、お友達の人、里香ちゃんのタイプじゃない?」
桃と里香の視線の先にいるのは短髪黒髪、ピアスを三つ付けて、ユーズドジーンズに白いカットソー。その上にワインレッドのテラードジャケットを羽織った、シンプルな着こなしが余計に色男ぶりをあげている若い男。そしてその隣には、白いシャツに青のカーディガン、黒のカーゴパンツを合わせた気だるげな男。
「服装も里香ちゃんの好みじゃない?え?あれ、里香ちゃん?」
桃の声を後ろに聞きながら、里香は男達へと近寄って行った。
まさかと思った。だが信じられず、側で顔を確認したい。
青のカーディガンの男。彼の顔をじっと見つめながら近付く里香の心臓は、どくどくと存在を主張している。
「ま、まって!」
男達が何処かに移動しようと、里香とは逆方向へと歩き出す。里香は駆け出して、その背を追った。
「すみません!あの!」
なんとか手が届き、青のカーディガンを鷲掴む。自分の行動に、里香自身も驚いた。知らない男に追いすがるなど初めての経験だ。それでも、顔を確認せずにはいられない。
里香に服を思い切り掴まれ、不機嫌そうに振り向いた、男の顔。
「虎、様…」
見つけた。思った途端、里香は涙が溢れて止まらなくなる。
「虎様、お会いしとうございました。」
出て来た言葉は、里香か茜か。
混乱した頭でわかるのは、目の前の彼が景虎であるということ。
「茜…」
呆然と呟いたのは低く落ち着いた声。この声も、景虎と同じ。
「はい!茜にございます!」
男は里香の頬に手を伸ばし、確認するように里香を見つめている。
溢れる涙は未だ止まらず、里香は頬に触れた男の手を両手で掴んで擦り寄った。
「お会いしとう、ございました。」
泣きながら微笑んだ里香を男は掻き抱く。懐かしいその腕の中で、里香は安堵の微笑みを浮かべ、ハラハラと涙を零していた。