6
「兄上、ご覚悟!」
城下からの帰り道、襲って来たのは景虎の弟、影丸。
馬上で咄嗟に茜を庇った景虎は、左腕を跳ね飛ばされた。
影丸の他にもう一人。斬りかかって来た男に背中を斬りつけられる。
ふわふわ舞い落ちる白い雪。
飛び散る紅い命の雫。
「とら、様…」
茜を守るように囲った夫。
命が零れ落ちてゆく。
「茜は、私の物だぁぁっ!」
そう叫んだ影丸の一太刀が景虎の身体を深く割き、骨で止まる。
身体に埋まった刃を引き抜くように片手で馬を操り、景虎は茜を守る為、馬を駆けさせた。
幼い頃から遊びまわり、城を守る為にも深く詳しく知る林へと入り、景虎は茜を己が物にしようと狙う弟から身を隠す。
「虎様、どうか、城へお戻り下さい。傷が…死んでしまうっ」
腕の中、景虎が流した紅に塗れて茜は泣く。
死んでしまう。
大切な人の命が、零れ落ちてゆく。
なんとか零れ落ちるのを止めようと手で抑えるが、馬の揺れで上手くいかない。
「せめて、どうか、止まって下さいまし。虎様、どうか…虎様っ!」
茜の願いが聞き届けられたのか…
それともただ、限界がやって来たのか…
馬はゆるゆると歩みを止め、茜に微笑み掛けて、景虎は馬上から滑り落ちた。
「虎様っ!!!」
景虎を追って茜も地面に降り立ち、縋り付く。
止まらない紅。
零れ落ちて、薄く積もった白い雪が紅に染まる。
止血しても、もう、手遅れだった。
影丸が茜に向ける視線。それが情欲の色を宿していた事は、自覚していた。よもやここまでの事を仕出かす程だとは、茜は己の迂闊さを悔いた。
自分の命が終わるという時ですら、景虎が気遣ったのは茜の事だった。
「来世で、茜は必ず、あなた様をお探し致します。」
泣きながら微笑んで、光を映さなくなった景虎の瞼を閉じさせる。
あんな男に、この身を穢させるものかと、茜は景虎の腰の脇差を抜く。
「共に、お連れ下さい。景虎様。」
そうして茜は己の身体に刃を突き立て、愛しい男の上へと倒れ込んだ。
ふわり、ふわり、舞い散る白い雪は紅に染まる。
ふわり、ふわりと雪が二人を包み込み、悲しい紅を覆い隠した。
「来世…」
自室のベッドの上で目を覚まし、里香は呟く。
涙は常と変わらず止め処なく溢れて零れ、里香の枕を濡らしている。
「虎様、どこに、いるんだろ…」
夢が伝えたいのはそれだろうと、里香は思う。
景虎を探すには、里香の行動出来る範囲はまだ狭い。いつか、出会えるのだろうかなんて、考えて答えが出る問題ではないのだ。
涙を止められないままにベッドを降りて、顔を洗いに行く。
今日は桃と新宿へ出掛けるのだ。
泣き腫らした顔で行くのは避けたい。
顔を洗って朝食を食べ、昨夜考えておいた洋服に着替える。
スキニージーンズに黒のタートルネック。その上にはグレーのショートコートを合わせて、足元は黒のパンプスを履く。
シンプルな服装が里香は好きだ。そして、赤は嫌いだ。白もあまり好きではない。
入学式などの紅白の飾りを見ると吐き気をもよおして、入学式も卒業式も、ちゃんと出られた事は今までなかった。恐らく夢の影響だ。紅と白の組み合わせは、冷たくなった景虎の姿が浮かぶのだ。
玄関にある鏡で最終確認をして、里香は満足して頷く。
エクレアの土産を母親に頼まれて、返事をしながら玄関を出る。
頭上には秋晴れの空。
ヒールの音を響かせて、里香は桃との待ち合わせ場所へと向かった。