5
灼けるような痛みが身体を這う。
流れ出る命を、己で自覚した。
降ってくるのは温かな涙。
愛しい女が流す、悲しみの雫。
「茜…すまない。」
閉じようとする瞼をなんとかこじ開けて、妻の顔を目に、記憶に焼き付ける。
「虎様!置いてゆかないで下さいまし!妾は、あなた様無しには生きてゆけませぬ!」
止め処無く零れ落ちる雫へと、震える手を伸ばした。
頬を包み込んだ手を茜が両手で掴む。
「私は、あなたと番えて、本に、幸せであった…ただ心残りは、茜、あなたを一人、残す事。影丸は、あなたを、狙っている。」
「あんな男!妾には指一本とて触れさせはせぬ!茜は、虎様の…あなた様の物にございます。」
「どうか…逃げ仰せておくれ…」
「あなた様を置いてはゆきませぬ。共に、お連れ下さいまし。」
最後に焼き付いたのは、愛しい女の涙。
耳にこびり付いて離れないのは、悲痛な泣き声。
「来世で、茜は必ず、あなた様をお探し致します。」
薄れゆく意識の中、聞こえた言葉に答えたのは心の中。
ーー来世では、幸せにしよう。愛しいあなたを。
目を開けた先にあるのは、見慣れたアパートの天井。
流れ落ちた涙が枕を濡らして、冷たい。
「来世…」
何度も見た別れの場面。
もし、遥自身が景虎の生まれ変わりだとするならば、茜はどこにいるのだろう。何度考えても、答えはでない。
会いたい。だが会えない。
生まれ変わりの可能性を考えてから、遥は茜を探し続けている。
いるかもしれない。いないのかもしれない。
真実は分からず、時ばかりが過ぎていく。
街を歩けば、すれ違う女の顔を確認する。夏休みには、バイトで貯めた金で日本全国を渡り歩く。
遥自身の姿形は、景虎の生き写しだ。だから茜もそうかもしれない。だが違うのかもしれない。
期待と不安、恋慕と諦め。いろんな感情を抱えて、遥は毎日を過ごしていた。
茜に会わなくてはいけない。探さなくてはいけない。どんどんと募る想いを持て余す。
溜息を吐いて、コーヒーを淹れた。
バイトも大学も無い日には、人が多くいそうな場所で時を過ごす。今日は新宿に向かおう。新しいショッピングモールが出来たのだと、裕貴が話していた事を思い出す。
熱いブラックコーヒーを啜りながら考えていると、遥のスマホがメッセージの受信を知らせた。裕貴のようだ。
『今日さ、新宿にナンパしに行かねぇ?』
こいつはいつもナンパだ、女だ、合コンだとそればかりだなと呆れて笑う。
『ナンパはしない。新宿は行く。』
返信をして着替える為に立ち上がると、再びスマホが震えた。裕貴の返信はいつも早い。それが女の子を捕まえるコツなんだそうだ。
待ち合わせの場所と時間が送られて来て、短く了承の返事を返す。
今日こそ会えるだろうか。
それともやはり、会えないのだろうか。
着替える遥の頭に浮かぶのは、先程夢で見た、茜の泣き顔だった。