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夏の始まりのむっとした空気。多くの人が行き交う繁華街で、一人の男が柄の悪い男三人に追い掛けられていた。
短い黒髪をワックスで遊ばせ、耳には合計三個のピアス。中々の色男の彼は、人混みを縫うように走って逃げる。
男の名は島田裕貴。
色男故に寄ってくる様々な女性と遊んだ代償がこれだ。やばい系の男の彼女が、相手の中にいたようだ。
「ごめ、どいて!そこの人!」
狭い路地に入り込んだ裕貴の前に、居酒屋のバイトらしき青年がゴミを捨てに裏口から出てきた。全力疾走で勢いのついている為に止まれず、ぶつかる寸前。青年は素早く裕貴を避けた。一瞬見えた青年の顔は男にしては美しく。綺麗な男もいるものだなと、考えて通過した。
だが、背後から聞こえた物音に驚き、すぐに足を止める事になる。
「てめぇ!邪魔だぁっ!!」
裕貴を追い掛けて来ていた男達が、青年を突き飛ばそうとしたらしい。
関係ない彼を巻き込んでしまう事に冷や汗をかいたが、振り向いた先の光景に目を丸くした。
青年は、突進して来た最初の男の足を払って転ばせて、気色ばんだ次の男を投げ飛ばす。そして、狼狽えた最後の男は何故か、青年の顔を見て怯えて逃げて行く。
何が起こって、何故青年がそんな行動に出たのか、わからず呆然と立ち尽くす。だが青年は驚く裕貴を置き去りにして、興味が無さそうに店の中へと戻って行ってしまった。
裕貴も、地面に伸びた男達が復活してしまう前にその場を離れた。
裕貴が大学で青年を見つけたのは偶然だった。
安くて旨い物が食べたいと向かった学食に、彼はいたのだ。
無頓着に伸ばされたサラサラの黒髪は自然のまま。長い前髪から覗く双眸は鋭く、だがそこはかとなく色気が漂う目元。唇は薄く、酷薄そうに見える。
人生が全てつまらない。そんな顔をした綺麗な男は、一人学食でカレーライスを食べていた。
周りは彼を遠巻きに気にしてはいるが、声をかけあぐねているような様子だ。それは恐らく、その青年が纏う空気が余りにも凛としていて、犯し難い物であるが故だと裕貴は感じる。だが裕貴という男はそれに臆するような人間ではなかった。
「何がそんなにつまんないの?」
ただ単純に、興味が湧いたのだ。この綺麗な青年に。
前の席に腰を下ろした裕貴を一瞥し、青年は再びカレーを口に運ぶ。
「ね、俺ら会ってんだよ。見覚えない?」
青年は再び裕貴を瞳に映し、考えるように眉を寄せた。
「ない。」
どうやら覚えて貰えていなかったようだ。
やはりそうかと、裕貴は笑う。
「俺さぁ、遊んだ女の子の彼氏にバレて追い掛けられちゃって、マジ危ないとこだったんだよな。そこを君がーーあ、君、名前は?俺、島田裕貴。ここの二年。」
「……近藤遥。二年。」
言葉少ななタイプのようだが、聞けば返答はしてくれるらしい。
繁華街で会った時の話をしてみるが遥は本当に覚えていないようで、男二人をのした事についても、思い出すように考えている。
「もしかしてさ、あんな乱闘よくしたりしてる?」
「別に。変な奴らに絡まれたら倒すだけ。」
「へー!遥くんなんか格闘技でもやってたの?足捌きとか素早かったよね?」
「特にやってねぇよ。」
「マジで?生まれつき出来るって事?それすげぇな!なぁなぁ、連絡先教えてよ。結果的に助けてもらったからさ、なんかお礼したいじゃん。」
「いらねぇ。」
「そう言わずにさ!可愛い女の子だって紹介するぜ?」
「興味ねぇ。」
ぽんぽん裕貴が投げ掛ける質問に遥が一言で返す。
二人のそんな関係はここから始まり、なんだかんだと共にいる事が増えて夏を越え、秋を迎える事になるのだった。