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色彩  作者: よろず
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 夢が、無くなった。

 ベッドの上に起き上がり、里香はぼんやり考える。夢自体は見てはいる。だけれどそれは、要領を得ないあやふやな物。

 茜と景虎の夢を、最近全く見ていないのだ。



 冬休みに入り、里香は毎日のように遥のアパートへ通っている。放っておくと自分で食事を作らない遥の為に、食事を作りに通っているのだ。

 里香は元々料理はそこまで出来る訳ではなかった。母親の手伝いをするくらいで、自分一人で最初から最後まで料理をするというのは、遥の為に始めたばかりだ。

 冬休みに入ってからの立花家の食卓には、里香の練習の為の手料理が毎日並ぶ。なんとなく理由を察してはいる隆だが、娘の手料理を素直に喜び、べた褒めしつつ口に運んでいた。

 大晦日のこの日、里香は家で夕飯を食べた後、お重に詰めたご馳走を持って桃と共に遥のアパートへと向かっていた。バイトをしていない里香と桃にとって、夜遅くの外出は大晦日だけの特権。その為に、二人の心はうきうきと踊っている。

 遥のアパートの最寄り駅に着くと迎えが来ていた。


「あれ?遥さんは?」


 改札前で待っていたのは裕貴一人。里香は恋人の姿を探してキョロキョロ視線を彷徨わせる。その姿に、裕貴は苦く笑った。


「あいつの勉強見てる。二人にがっかりした顔されると、俺、切ない。」

「私、別にがっかりしてません。里香ちゃんだけだもん。」


 ほんのり桃が頬を染めて、裕貴から視線を外した。

 里香はあからさまにがっかりして肩を落としている。


「ま、行けば会える!寒いし、さっさと行くよー」


 里香の手から荷物を受け取って、裕貴は二人の背中を押した。

 あの日から、四人が五人に増えた。竜也が勉強を見てもらうという口実で遥に会いに来るのだ。

 姉が一人いるらしい竜也だが、遥の事は実の兄のように慕っている。そして里香は、それが面白くない。竜也がいると、遥の取り合いになるのだ。

 ある意味三角関係の三人は、裕貴にとっては見ていて面白い。


「こんばんわ!」


 遥のアパートのドアを開けて里香を先頭に中へと入る。冬休みに入ってからはここに五人でよく集まる為に全員慣れたものだ。


「遥さん!」

「里香、迎えに行けなくてごめん。どうした?」


 コートも脱がず、里香は遥に飛び付いた。抱き締めて、遥は里香の頭を撫でる。


「元茜、邪魔すんな。今良い所。」


 机の上に勉強道具を広げ、竜也が親指の爪を噛みながら問題を解いていた。里香はそれを無視して、遥に甘える。


「竜也さん、また爪噛んでる!がったがたになるよぅ!」

「うっせぇ、桃。あー、集中力切れたぁ!」

「イントネーション違う!果物のモモじゃなくて、桃!」

「どっちだって良いじゃんか、お前見ると桃食いたくなる。桃缶買って来た?」

「買って来ません!」

「まーまー、コートを脱ぎなさいな。立花さん、この荷物はどうすんの?」


 苦笑した裕貴の言葉で、里香は渋々遥から離れてコートとマフラーを取る。


「それ、お節です。三人は夕飯食べました?」

「食べたけど腹減った。お節食う。」

「竜也にはあげない。」

「あぁ?遥さんが俺に掛かりっきりでヤキモチか?」


 シャープペンシルを歯で挟んで咥えた竜也に舌を出してから、里香は裕貴が手にしたままの袋を受け取った。


「勉強もうしないなら片付けて。邪魔。」

「遥さん、こんな女のどこが良いんだよ。ツンケン女。」

「竜也、そこまで。」

「はーい。」


 遥に窘められて、竜也は大人しく勉強道具を片付け始める。竜也は何故か、遥には従順なのだ。


「里香、お節は明日の為じゃないのか?」

「はい。だからお蕎麦も持って来ました。食べますか?」

「あぁ。小腹が減ったな。」

「すぐ用意します。」


 お節のお重は台所の隅に置き、里香は蕎麦の支度を始める。

 桃も手伝いに台所に立ち、裕貴は部屋の隅に座った。六畳の部屋に五人は狭いが、慣れれば問題はない。


「竜也っち、さっき悩んでた問題解けたの?」

「解けた解けた。二人の教え方分かり易くてマジ助かる!母親が謝礼は良いのかって気にしてる。」

「俺はいらない。裕貴は?」

「俺もいっかなぁ。別に金に困ってねぇし。」

「裕貴さんって謎。金持ち?バイトしてねぇだろ?」

「そこは企業秘密。お子様にはまだ早いかなぁ。」

「ヒモか?」

「うっわぁ竜也っち、そんな目で見るなよ。傷付くわー。」

「え?マジにヒモ?遥さんは知ってる?」

「俺も裕貴は謎。でも多分、女関係じゃねぇか?」

「爛れてるなぁ。そんなんで教師目指してて良いの?」

「清算さえすれば大丈夫!後腐れなし!」

「うっわぁ、ダメな大人。」


 男三人の会話を背に、里香と桃は苦笑しながら蕎麦を用意し机に運ぶ。

 お揚げとネギ入りの年越し蕎麦を五人で啜る。


「そういえばさぁ、年越し蕎麦ってなんの意味があんの?」


 いち早く完食した竜也が遥と裕貴を見る。答えたのは裕貴だ。


「長寿と金運とかじゃなかった?あと、残したり年を跨いで食べるのは縁起が悪い。」

「へー、そうなんだぁ。今まで知らずに食べてたよぅ。」


 竜也の隣で蕎麦を食べていた桃が感心する。遥は知っていたようだが、里香も知らなかった。

 豆知識を聞きながら蕎麦を食べて、洗い物は裕貴がやると立ち上がる。


「遥さんと竜也、夢ってまだ見てます?」


 お腹が膨れ、まったりした空気の中、里香は気になっていた事を口にした。それに、竜也と遥は考える仕草をしてから首を横に振る。


「そういえば最近見てない。」

「俺もだ。里香も?」

「はい。竜也に会ってから、見てないんです。」


 何故だろうかと三人は首を傾げ、桃もそれを眺めながら一緒に首を傾げた。


「それさぁ、未練的な物が解決したんじゃねぇの?遥くんと立花さんが出会ってラブラブで、竜也っちは大好きだった兄貴取り戻した。立花さんともまぁ上手くやってんじゃん?そういう事じゃね?」

「ほー、裕貴さん良い事言いますねぇ。」


 桃が拍手して、夢を見続けていた当事者の三人は顔を見合わせる。お互いの顔を見て、破顔した。


「俺にとっては迷惑な夢だったけどな。」


 竜也は呟き、寝転がる。


「私は、たくさん泣かされました。」


 里香は遥に寄り添い、穏やかに微笑む。


「俺は大分夢に囚われてたな。会いたくて、会えないのが辛かった。」

「私もです。でも会えて、幸せです。」

「なーんか、すっきり新年迎えられそうだなぁ。」

「竜也さんは受験が待ってるよぅ。」

「げぇ、おっ前今それ言う?受験応援グッズは桃缶な。」

「良いでしょう!たっくさん買ってやる!」

「期待してる。桃は桃缶の缶切り係な。」

「なんですか、その珍妙な係は?!」


 不思議な夢で繋がった三人と、その出会いを見守った二人。

 テレビから流れる除夜の鐘を聞きながら、新しい年が、やってくる。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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