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選んだのは、駅前の安いファミリーレストラン。昼時でガヤガヤとした店内に入り、案内された席に座る。
里香は遥の腕を離さず隣に座り、桃は里香の隣に腰掛けた。遥の前には竜也が、そして裕貴が竜也の隣に陣取る。
「で、あんたら何?」
適当にそれぞれが注文を済ませた所で、頬杖をついて竜也が口を開いた。
「俺と彼女は恋人。」
「と、俺らはその友達。」
遥は里香との関係を、引き継ぐように、裕貴が桃と己の事を簡単に説明する。
「ふーん。で?何を知ってんの?」
「夢で見た事。俺は君の兄で、君は俺を殺した。彼女も、茜と景虎、影丸の事を幼い時から夢で見てる。」
「マジかよ…」
遥の答えに、竜也は目を見開く。
頬杖を付いていた手を口元に移動させ、親指の爪を噛む。
「俺も夢、見てる。」
呆然とした竜也の呟きに裕貴は瞳を輝かせ、桃は息を飲んで成り行きを見守る。里香は遥の腕にきつく抱き付き、遥は穏やかに微笑んだ。
「俺と里香は、生まれ変わりだと考えてる。そうすると、影丸にそっくりな君は影丸の生まれ変わりだな。」
「げぇ、あのバカ男の生まれ変わりとか、勘弁。」
「君は、影丸の事をバカな男だと思うのか?」
「思うね、マジでバカ。目も当てらんない大バカ者。てかさ、遥さん、だっけ?君ってやめてくんねぇ?気色悪い。」
それぞれの注文した物が運ばれて来て、食事を始める。
里香は食事が喉を通らないらしく、アイスクリームをちまちまと口に運び、桃はそんな里香を心配して声を掛ける。大丈夫だと小さく笑う里香の表情には未だ怯えが滲み、大丈夫じゃなさそうだなと、桃は里香の背中を摩った。
「茜…じゃなくてなんだっけ?あんた、そんな怯えんなよ。俺は何もしねぇ。興味があるのは夢とあんたらの存在だ。」
「まぁまぁ竜也っち。君顔怖いもん仕方ねぇって、笑え!」
「あぁん?無理。」
眉間に皺を寄せながら唐揚げを頬張る竜也の背中を裕貴が叩く。それを煩わし気に払っている竜也の様子を、遥はじっと観察していた。
「ただの探究心なんだけど、景虎と茜が死んだ後、影丸や家はどうなった?」
味噌汁を啜り、遥は竜也に聞く。
竜也は口の中の物を飲み込んでから素直に答えた。
「潰れた。家臣達は影丸には付かなかった。離反するやつらがたくさんいて、茜の実家に簡単に潰れされちゃったんだ。燃える家の中で腹切りして、後悔だらけでバカ男は死んだ。」
「後悔したから、生まれ変わったのかな?」
「知らねぇ。遥さんがそう思うならそうなんじゃねぇ?影丸、兄貴の事も大好きだったはずだから。女も兄貴も失って、自分でもやれんじゃねぇかって夢も潰えて、後悔だらけの男の生涯をずっと見せられてる俺は最悪な気分だ。」
不機嫌に食事を口に運ぶ竜也を、遥は穏やかな笑みで見つめる。目の前から向けられている笑みに気付き、竜也は落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。
「竜也はもしかして18か?」
「そう。なんでわかんの?」
「里香と俺の年齢差、茜達と同じなんだ。受験生か。」
遥の言葉に、そうだと竜也は頷く。
話を聞いてみると、遥と裕貴が通う大学を目指しているらしい。
「ラストスパートの家庭教師、してやろうか?裕貴が。」
「え?俺?」
「教師目指してるんだろ?丁度良いんじゃねぇか?」
「ふーん。親に相談しねぇとわかんないけど、俺、遥さんにはまた会いたい。」
「いいよ。俺も勉強見てやる。」
「マジ?良いの?そこの、元茜は?」
「元茜じゃなく、里香です。私に恋しないでくれるなら、構いません。」
「うっわ、自意識過剰女。あんたの顔トラウマだから大丈夫。恋愛対象にはなんねぇよ。」
初めて、竜也は笑顔を見せた。無邪気な竜也の笑顔に、里香の怯えも薄れて行く。里香の表情が綻んだ事に、桃も、裕貴も、遥も、ほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば、私さっき竜也さんのお友達に告白されたんです!竜也さんお友達放置で大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だろ。うじうじしてっからみんなで煽ってやったらマジに行くんだもん。ウケる。」
「ウケませんよ!びっくりしたんですから!」
「そうなん?あんた可愛いから、告られ慣れてんだと思った。」
「か、可愛い?!」
途端に真っ赤になった桃を竜也は首を傾げて見つめている。その視線から顔を隠し、桃は里香に抱き付く。
「可愛いじゃん。守ってやりたい系?俺は元茜よりあんたみたいなのが良い。」
「なっ?!褒めても何もあげません!デザート狙いですか?!」
「なんでだよ。あんたがデザート食いたいだけじゃねぇの?」
「正解です!チョコパフェ食べようかなぁって。」
「太るぞ。」
「ぬぁっ?!女子高生への禁句ワード!元影丸は口が悪い!」
「竜也」
「知りません!それとも私に名前を呼ばれたいんですか?」
「はぁ?言ってろ。」
机を挟んで対角線上にいる二人の会話に里香が噴き出した。遥も興味深げに竜也を眺め、裕貴は何かを考えている様子だ。
「桃、パフェなんて食べ切れるの?」
桃は既にミートスパゲティを一皿完食している。パフェなんて入るのか心配する里香だが、里香はアイスを自分で食べて、パフェを一緒に食べてはあげられないなと考える。
桃自身も、一人では食べ切れないなと悩んだ。
「一緒に食ってやろうか、桃?」
「なぁんだって呼び捨て?!馴れ馴れしい!」
「うまそうな名前だな。桃食いてぇ。元茜は、アイスだけで足りてんの?」
「なんだかほっとしたらお腹空いてきました。ポテト食べようかなぁ?」
「良いんじゃね?食っとけよ。頼む?」
「あ、お願いします。」
ベルは竜也の側にある。すぐにベルを押して、店員にポテトとチョコパフェを追加注文している。
当たり前のようにチョコパフェを注文した竜也に、桃は焦った。
「え?まだ食べるなんて決めてない…」
「俺の。分けてやる。」
「それはどうもご親切に…」
「何それ、ウケんだけど。」
「ウケてないじゃん!ウケるって言うなら笑わなきゃ!」
「あははははー」
「うっざ!声だけ!……なんですか、裕貴さん?」
思わず竜也へとツッコミを入れてしまっていた桃は、裕貴がニヤニヤと自分を見ている事に気が付いた。なんだか嫌な感じだなと考え、眉根を寄せる。
「いやねぇ、桃ちゃんのそんな姿お兄さん初めてだから、見てるだけ。」
「見るのは良いですけど、ニヤニヤしないで下さい。」
「あ、竜也っち、俺と桃ちゃん、別に恋人じゃねぇから。」
「は?だから何?」
「いやねぇ、なんとなく?」
「訳わかんねぇ奴だなあんた。胡散臭い。」
「裕貴さん、良い人なんですけど確かに笑顔が胡散臭いんですよねぇ。」
「えー、桃ちゃん、そんな事考えてたの?ショックー。」
三人が楽し気に会話を続けるのを見守り、遥は里香の横顔を確認する。浮かんでいるのは穏やかな表情。
遥の視線に気が付いて、里香は遥を見上げて微笑む。
「なんだか、賑やかです。」
「そうだな。」
ファミレスへ入って来た時の緊張感は、既に何処にも見当たらなかった。




