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色彩  作者: よろず
2/24

2

「虎様。」


 嬉しそうに名を呼んで、女は微笑む。

 手を伸ばせば頬を赤く染め、それでも逃げる事はしない。


「茜。あなたへの土産だ。」


 渡したのは風車。

 黄と緑で折られたそれを女は受け取り、息を吹き掛けて回す。


「綺麗な色。」

「あなたの赤く染まる(ほほ)が、私には美しい。」


 再び赤く染まった頬を撫で、男は微笑んだ。




 殺風景なアパートの一室。

 薄っぺらい布団の上で、遥は目を開けた。

 夢の余韻で、心が温かい。

 もう少し見ていたかったと、目が覚めてしまった事を残念に思った。


「茜、か…。」


 夢の中で出会う、着物姿の美しい女。夢の中で、彼女は自分を虎様と呼ぶ。あまりにも愛しそうに呼ぶ茜の表情は、呼ばれる己も幸せな気分にしてくれるのだ。

 幼い頃から見続ける夢。

 着物姿の茜と虎の生活は、戦国時代の良い家柄のようだと遥は考える。虎の名は景虎。たまに現れる臣下らしき男達には殿と呼ばれ、茜は景虎の妻なのだ。

 政略結婚だが二人は仲睦まじく、幸せに暮らしていた。

 だが別れは訪れる。

 景虎は殺される。

 悲しい茜の涙の夢を見た時には、遥は胸が苦しくて堪らなくなるのだ。手を伸ばし、彼女を笑顔に変えてやりたいとまで思う。ただの夢にしては、遥に与える影響は大きかった。

 ブラックのインスタントコーヒーを朝食代わりに飲み干して、遥は大学へ行く為に支度をする。

 大学進学と同時に始めた一人暮らしも、今ではだいぶ慣れた。ただ食事は面倒で、コンビニやバイト先の賄いで済ませている。食事はちゃんとしろと言った母親が調理器具を揃えてはくれたが、使ったのは最初の頃だけ。最近はお湯を沸かすくらいにしか鍋を使っていない。

 ほとんど使う事のない台所を通り抜けて、遥は靴を履いて玄関を出た。

 落ち葉の絨毯を踏み締めて最寄り駅へと向かう。

 来年は大学三年。就活までの猶予期間はまだあるものの、将来やりたい事が特にない遥には短い時間のような気がした。

 普通に就職してサラリーマンになる。そんな将来も別に悪い物だとは思っていないが、何かへの焦りが遥の胸に燻っているのだ。その燻りは、茜の夢を見る度に強くなる。

 彼女に会いたい。

 夢の中の女を焦がれている自分を、遥は苦く笑う。

 会えるはずなどない。

 だが、会いたくて堪らない。


「やっほー、遥くん。」


 大学の学食で声を掛けて来たのはチャラい見た目の男。

 髪は染めていない黒髪だが、短く切ったそれをワックスで遊ばせ、耳にはピアス。右耳二つ。左耳に一つ。整った顔立ちではあるが、常ににやにや楽しそうに笑っている。あまり縁の無いタイプの男に、遥は何故か懐かれていた。


「合コンセッティング頼まれてんだけどさぁ、遥くんも行こうぜ。折角綺麗な顔してんだから、人生楽しもうぜー?」

「行かねぇよ。」

「まったまたぁ、青春エンジョイしなくちゃ!遥くん目当ての子もいてさぁ、可愛い子なんだよねぇ!」

「興味ねぇ。」

「相変わらず冷たいねぇ。もしかしてゲイなん、いててててっ!ごめ、冗談、マジ、すんません!!」


 ギリギリと遥に片手で頭を締め付けられ、男は涙を浮かべて謝罪する。しかしこのやり取りは、何度目なのかわからないくらいに繰り返されているものだ。

 遥は溜息を吐き、男の頭を解放してやる。


「お前、暇なの?」

「まぁな、暇。遥くんだって、いっつもつまんなそうじゃん。」


 始めて会った時にも、この男は遥にそう言った。


『何がそんなにつまんないの?』


 そう言って、学食で遥の前に陣取りペラペラと話し始めたのだ。そこから遥は彼に付きまとわれている。

 たまに煩わしいが、距離感を掴むのが上手いらしく、本当に不快になるラインは越えてはこない。


「つまんなそうな遥くん、人生楽しもうぜー?」


 この言葉と共によく合コンへと誘って来る男は、自分の友人なのだろうかと、遥は内心首を捻る。

 側によくいるという事はそうなのかもしれないなと、合コンについて喋り続けている声をぼんやり聞きながら、遥は思った。


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