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色彩  作者: よろず
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「ただいま!」

「お邪魔します。」


 自転車を家の敷地内に停めて、遥を家の中へと招き入れた。

 顔を出したリビングには麻子だけで、隆はまだ帰宅していないようだ。


「いらっしゃい。そろそろお父さんも帰って来るから、手を洗っていらっしゃい。」


 遥が麻子に挨拶をするとそう促され、里香は遥を洗面所へと案内して二人で手洗いうがいをしてリビングへと戻る。そして、里香は悩む。制服を着替えるべきか。だが着替えている間、遥が放置になってしまうではないかと。


「里香は着替えて来ちゃいなさい。遥くんはテレビでも見てて。」

「はい。ありがとうございます。里香、気にしないで着替えておいで。」

「……はい。ちょっと、待ってて下さい。」

「あぁ。焦らなくて良いからな。」


 穏やかな笑みの遥に髪を撫でられ、里香は微笑み返す。

 二階へと駆け上がって自室に入ると、里香は新たな悩みを発見してしまった。


「どうしよ…何着よう……」


 普段家では適当な部屋着だ。だけれどそれで遥の前に出るというのは抵抗があった。

 結局里香が選んだのは、グレーのスウェットサルエルパンツにブルーのパーカー。長い髪は梳かして、シュシュで左耳の下に緩く纏めた。鏡で点検して、少しスポーティー過ぎるだろうかと悩んだが、里香はこういう服しか持っていない。遥をそんなに長く待たせる訳にもいかない為、里香はそれで納得して階段を降りた。


「お父さん、おかえりなさい。」

「ただいま。遥くんは?」

「リビングにいるよ。」

「そうか。」


 丁度隆と玄関で出くわした。

 スーツから着替える前に挨拶しようと隆も里香と共にリビングへ顔を出す。


「おかえりなさい。お父さん。」

「あぁ。ただいま。」

「こんばんは。お邪魔しています。」


 隆に気が付くと、遥はソファから立ち上がって頭を下げる。自分の父親と恋人が挨拶している光景に、里香はこそばゆい幸福を覚えた。

 隆が着替える為に引っ込んで、里香は遥の下へ向かう。


「そういうのも、良いな。」


 遥の呟きと視線で、自分の服装を褒められたのだとわかり、里香の頬は赤く染まる。嬉しくて、緩んだ顔で見上げた先の遥の瞳は優しく細められ、唇は笑みの形に伸ばされていた。


「遥くんは成人しているんだったな。飲めるのかい?」

「はい。」

「じゃあ、付き合ってもらおうかな。」


 着替えた父親が戻ってくると男二人の晩酌が始まり、里香は麻子の手伝いに台所に入る。漏れ聞こえる会話で、遥が一人っ子で餃子が有名な地域の出身だという事がわかった。両親は健在で、父親は一般企業に勤めるサラリーマンのようだ。

 上機嫌に酒を飲む隆。

 酌をしながら穏やかな表情で酒を飲む遥。

 いつもは三人の食卓に一人増えるだけで、こんなにも雰囲気が変わるものなのだなと、里香はしみじみと実感する。


「遥くん、嫌いな物はないって?」

「うん。なんでも大丈夫だって。」


 遥の好みもリサーチ済みで、麻子には事前に好物をメッセージで送っていた為、食卓に並ぶのは遥の好みの物ばかり。

 一緒に食事を取り、同じ時間を過ごす。

 今後、あの別れの場面を夢に見たとしても耐えられるだろうと里香はぼんやり思う。

 里香と遥は穏やかな幸せに包まれ、そこには笑顔が溢れていた。




 裾を捌きながら静々進むのは、美しい女。

 伏せた睫毛が影を落とす頬は滑らかで白い。

 余計な事は語らぬと表すように閉じられた唇は薄いが、それも女の美しさを際立たせる一部となっていた。


「茜殿。」


 呼び止め、向けられる瞳は穏やかで、どこまでも優しい。


「兄上が、そろそろ戻られる。」


 己が伝えた事で喜ぶ女の表情を目にし、傷付く心はなんなのか。


「虎様。」

「茜。」


 穏やかに寄り添い合う二人。

 欲してはいけないもの。

 手に入るはずのないものに焦がれ、影丸は瞳を伏せた。



「兄上と茜、ねぇ…」


 そこはマンションの一室。

 机の上には、広げられたままのノートと大学受験の参考書。

 ベッドの上に起き上がった青年は一重の鋭い双眸を細めて爪を噛む。

 夢が不快だ。

 手に入らないものに焦がれた馬鹿な男の夢。

 大切だった彼らを殺め、全てを失う馬鹿な男。

 鼻で笑い飛ばして立ち上がる。

 カーテンを開けた先に見えるのは新宿の町並み。彼が幼い時から住んでいる場所だ。

 不快な夢から始まる一日。

 母親が用意する朝食を食べて学校に行き、友達とバカやりながら勉強する。

 それが彼の、今の日常なのだ。

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