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すんなり入れたカラオケ店で、四人はそれぞれの好きな歌を歌う。
里香と桃は流行りのアイドルの曲が主で、二人で一曲歌ったりもしていた。
裕貴と遥は音楽の趣味が同じで、同じバンドの曲やバラードを選曲している。
「カラオケ、よく行くんですか?」
裕貴が歌っている途中で、里香が遥の耳に口を寄せた。そうしないと聞こえない為ではあるが、気恥ずかしくて里香はドキドキしてしまう。
「たまに。バイト先の付き合いで。」
返事をする遥の吐息が耳元に当たり、顔が赤くなるのを抑えられず、里香は思わず視線を下げた。
ふっと笑う気配がして顔を上げると、遥が里香を見て微笑んでいる。首を傾げる里香の耳に再び唇を寄せた遥が、囁く。
「赤く染まる頬、確かに、綺麗だ。」
夢の中で虎様が茜に言った台詞だと、里香の胸がドキンと跳ねた。優しく笑んだ遥に頬を撫でられ、余計顔に熱が集まってしまう。
どきまぎしている内に遥の手は離れて、順番が来てマイクを手に取ってしまった。ほっとしたような、さみしいような、複雑な気持ちで熱を持った頬を両手で包んで冷ます。その顔は無意識に、ゆるゆるとした笑みが形作られていた。
それを隣で見ていた桃も、里香が喜んでいるのが嬉しくて笑顔になってしまう。席順は、一列のソファだった為に裕貴から一番離れた場所へと腰を落ち着けている。確かに裕貴は色男だが、危険な恋は物語の中だけで十分だと桃は考えてたいた。昨日のスケートでもちょこちょことちょっかいを出されてドキドキはしたが、それが恋愛に繋がるのかはわからない。
二時間カラオケを楽しんで、支払いは裕貴と遥が二人でした。
「それじゃあ遥くん。二人の護衛は頼んだ!」
笑顔で裕貴が手をひらひらと振り、駅の改札の向こうへ消えるのを三人で見送る。その後ろ姿が見えなくなると、桃は脱力して自転車にもたれかかった。
「危険な男は謎の男だよぅ。」
「本気か冗談かわからない人だね。」
カラオケ店では、ドアの側に座って注文を率先して取ったり、場を盛り上げたりとしていた裕貴。遠くに座った桃の事も、楽しんでいるのかを気にしている様子が伺えた。ただ、言動が軽いのだ。
遥としても、悪い奴ではないとフォロー出来る程の付き合いをしていない為になんとも言えず、苦く笑うにとどめておく。
「まだ遅い時間じゃないし、自転車だし、私一人で帰るねぇ。カラオケご馳走様でした!」
自転車に跨った桃は、里香と遥の返事も待たずに漕ぎ出して行ってしまった。
「気を、使わせたかな。」
「そうみたいですね。」
遥の呟きに里香が苦笑して答えて、二人は顔を見合わせた。遥が里香の自転車を押して、並んでゆっくり歩きだす。
「二人乗り、しちゃうか?」
里香の家は、歩くと駅から三十分程の場所にある。駅前から離れて人通りが疎らになった道での遥の呟きに、里香は少し悩んでから頷いた。
「掴まっていろ。」
「はい。」
自転車の二人乗りなどあまり褒められた行為ではない為、里香は経験が無かった。だが遥の広い背中に寄り添って風を感じるのは、とくとくとした心臓の動きがよくわかって、穏やかな気持ちになる。
夢で見たのは馬の二人乗りで、その時は背中ではなく、彼の腕に包まれていた。今は里香自身が遥の腹に腕を回して、背中に頬を寄せる。
安心感と幸福に満たされるこの道が、少しでも長く続けば良いと、里香は穏やかな笑みを浮かべて、思った。




