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色彩  作者: よろず
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 庭に響くのは木のぶつかり合う硬い音。

 気合いの掛け声と共に、男児二人が真剣な表情で木刀を打ち合わせる。


「握りが甘い!」


 年長の男児が叱責し、相手の木刀を跳ね飛ばす。


「兄上はお強うございます。」


 じんじんと熱を持った掌を見つめる弟は、尊敬の眼差しを兄へと向けた。


「お前はまだ幼いだけ。その内に、この兄をも凌ぐだろう。」

「そうだと良いのですが。」


 穏やかな日の光の下、兄は弟の頭を優しく撫ぜる。

 弟は、それをはにかみながらも、受け止めていた。




 アパートの自分の布団の中。夢から覚めた遥は、変化した夢に首を傾げる。

 景虎の弟との思い出の夢。遥が幼い時にはよく見ていたが、最近は茜の事ばかりを夢に見ていて忘れ掛けていた。

 一人の女を巡って仲違いした兄弟だが、幼い頃には穏やかな時もあったのだ。

 兄を慕っていたはずの影丸。

 兄と、愛した女。両方同時に失った彼はどうなったのだろうか。考えてみても、今更知る事は出来ない。

 過去に一度、遥は図書館に赴いて歴史を調べてみた事がある。だが景虎達の家は小さく、恐らく初期の内に潰れたのだろう。記録は何も残っていなかった。景虎の名前から有名な武将を思い出したが、時代と地域が少し違っていて、残念に思ったりもしたものだ。

 目覚めのコーヒーを淹れている遥の耳に、スマホの音が届いた。

 コーヒーを淹れたマグカップを持って机に向かい、そこに置かれていたスマホを手に取りメッセージを開く。


『おはようございます。

 朝ご飯は食べないと仰ってましたが、ちゃんと食べて下さいね?体が持ちませんよ。』


 恋人からのメッセージに、遥の表情は和らいだ。

 昨日のスケートの時、食事の話になったのだ。その時に話した遥の食生活を聞いた里香に、怒られてしまった事を思い出す。怒った表情の里香も中々に可愛らしかったと笑みを浮かべながら、遥は冷蔵庫に向かう。

 里香に怒られ、帰りにバナナを買ってみた。バナナを一房剥いて口に運びながら、遥は里香に返信する。


『バナナ食べてる。里香に怒られたからな。』

『偉いです。今日はバイトですか?』

『今日はない。大学の後、会いたい。』

『私もです!』

『学校終わったら連絡して?』

『はい!』


 あっという間にバナナを食べ終わり、コーヒーを飲む。

 これまでの憂鬱で気だるい朝と違って、心がほっこり温かい。自然と緩んでいる表情を自覚しつつも、それは悪い事ではないと考え、遥はそのまま仕度を整え家を出た。


「遥くん、ご機嫌じゃねぇ?」


 午前中の講義を終えた遥が学食で食事をとっていると、いつものごとく裕貴が現れた。

 学部の違う裕貴とは学食くらいでしか顔を合わせる事はない。しかもこの男、この身形と性格で教育学部なのだ。意外と面倒見も良く向いているような気もするが、この男を褒めると調子に乗って煩わしそうな為に、遥は絶対に口に出すものかとひっそり誓っていた。


「お前はいつも通りだな。」

「俺は通常営業。天丼うまそうだな。俺の鯖味噌と交換しねぇ?」

「しねぇよ。」

「そうかい。今日は?里香ちゃんに会いに行くの?え?なんで?いてぇっなんでだっ?!」

「"里香ちゃん"呼びが気に入らねぇ。」

「えぇーっ?今更な独占欲?遥くんっいてぇって!わかった!立花さんって呼びますっ!!」


 裕貴の頭を万力の如く締め上げていた手を離して、遥は再び天丼を頬張る。

 そんな遥の様子を見て、ズキズキ痛む頭を摩りながら裕貴は考えた。


「俺、遥くんの前で彼女の名前呼ぶの初だっけ?」

「あぁ。昨日は井上さん弄り倒してたからだろ。」

「なーる。桃ちゃん可愛いよねぇ。必死に逃げる所がまた、加虐心くすぐられちゃうんだよな。」

「変態か。」

「という訳で、講義終わったら俺もついて行くから置いてくなよ?」

「暇なのか?」

「暇暇ー。桃ちゃん弄り倒したい気分。」

「程々にしとけよ。迷惑がってんだろ。」

「それを振り向かせるのが燃えんだよ。あんな初心な子久しぶりでワクワクする。」

「傷付けたら、殺す。」

「うっわ、それマジ?やべぇな。」


 何が本気で何が冗談か。いまいち掴めない男に溜息を吐いて、遥は里香に忠告のメッセージを送っておこうとスマホを取り出したのだった。

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