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裕貴が先導して三人を連れて来たのは、屋内スケートリンクだった。里香と桃の最寄り駅から四駅分都心から離れた所にある、大きなスケート場だ。一般開放されていない時には大会なども行われたりもする。
「この時期にスケート場デートって実は穴場なんだよねぇ。」
「たらし故か。」
「褒めて欲しいねぇ、遥くん。スケートなんて、手取り足取りでレクチャー出来るだろ?」
里香と桃の最寄り駅に集合して連れて来られた為に、裕貴以外は目的地がスケート場だとは知らなかった。
ニヤニヤ笑う裕貴に溜息を吐き、遥は里香へと視線を向ける。
「里香は、やった事あるか?」
「初めてです。遥さんは?」
「俺も初めてだ。」
「遥くんならすぐ出来るんじゃねぇ?桃ちゃんは?」
「私はやった事あります。里香ちゃんには私が教えてあげるね!」
里香と桃が仲良く手を繋いでスケート靴を借りに向かうのを見送り、裕貴は顎を撫でて呟く。
「これって俺が遥くんに手取り足取りレクチャーな感じかよ。」
「お前に教わるのはごめんだ。自分で適当にやる。」
「俺も男に教えんのはごめんだ。適当にやってくれ。」
桃と里香は仲良く二人。男達はそれぞれ個々にスケート靴を借りて履いて、リンクへと出た。
初心者の里香は、プルプルと産まれたての子鹿のようになりながら桃に掴まり、なんとか立っている状態。
裕貴は二人の周りをスイスイ滑って回っていた。
「桃!離したらやだ!無理!」
「里香ちゃん、でもこれ、私も転ぶよぅ!」
あわあわ言いながら桃と里香がリンクの真ん中で掴まりあってパニックになっていると、男達の手によって、二人は引き離された。
「あれ?遥さん、初めてじゃ?」
「意外と簡単だった。教えてやる。」
「はい!でも、桃が…」
「井上さんも一緒に来るか?」
「行きます!一人にしないで!弄ばれるっ!」
「そんなぁ。桃ちゃん、俺悪い男だけど、そんな怖がんないでよ。」
「裕貴さん、離して下さい!危険な男はごめんですぅ!」
里香は後ろから遥に抱えられるようにして背中を預け、桃は裕貴に右腕を掴まれている。
必死に逃げ出そうとしている桃を助けたくても、里香は自分一人でリンクに立つ事すら出来ない。助けを求めるように遥を見上げてみたら、視線を受け止めた遥は里香に優しく微笑み掛けて頷いた。
「里香、力抜いとけ。」
「はい。」
里香が力を抜くと、遥が後ろから押すように滑って桃へと近付く。
「裕貴、いい加減にしておけ。」
「ちょまっ!それでフロントキックは危険だろっ!」
里香を後ろから抱いた状態で、遥はスケートシューズのエッジを裕貴の顔の前に突き出した。初心者なのに片足で立ってもバランスを崩さない遥のバランス力に、里香と桃は驚いた。
「ちょっとした冗談だよ。あんまりにも反応が初心で可愛くてさぁ。」
「井上さんは里香の友人だ。傷つけたりしたら容赦しねぇ。」
「それはやべぇなぁ。遥くんから容赦が無くなったらマジに俺、死ぬ!」
殺されるのはごめんだと、裕貴は桃の手を解放してから滑って逃げ出す。
解放された桃は遥の背後へと滑り寄り、裕貴から隠れた。
「桃、大丈夫?」
「里香ちゃん…私、好みを遥さんみたいな穏やかな人に変更するよ。服装もお兄系じゃなくて、ゆるカジを好きになる!」
今日の弘樹は、紫のカットソーの上に黒パーカー、グレーのピーコートを合わせて細身の黒のパンツを履いている。桃の好みど真ん中の服装だ。
桃自身が身に付けるのは可愛い系が好きで、ミニスカートを履く事が多い。スケート場でミニスカート。転ぶと痛くて冷たくて、桃は今日の自分の服装を後悔していた。
「危険な男には危険な男なりの魅力があるんだよ、桃ちゃん?」
三人の周りをスイスイ滑る裕貴はニヤニヤ楽しそうに笑っている。そもそもこの男が目的地をしっかり伝えてくれていたらミニスカートなど選ばなかったのにと、桃の頭には理不尽な怒りが湧いた。
「私はまだお子様なので、そういうのいらないです!緩やかで穏やかな恋を希望します!」
「お互い初心者は大変だよ?俺が色々教えてあげようか?」
「結構ですっ!」
「……裕貴。」
「はいっ!すんません!冗談っ!」
遥に低い声で窘められて、裕貴は内心冷や汗を流しながら乾いた笑い声を上げる。
氷の上でもしっかり立つ遥に背中を預ける里香。頼りがいのある兄のように遥を慕い始めた桃。二人の女の子に掴まられている遥は、裕貴へと呆れた大きな溜息を吐いたのだった。
スケート靴のエッジは凶器です。刃物です。決して真似しないで下さい。大怪我します。




