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昨夜決めた服を身に付け、里香は鏡の中の自分を確認する。
コーデュロイの暖色系ショートパンツに白黒横縞セーター。黒タイツで露出は抑えて、足元はショートブーツ。コートはブーツと色を合わせたショート丈の物にした。髪は麻子が編み込みにしてすっきりと纏めてくれて、唇もリップでツヤツヤ。
「お母さん、大丈夫かなぁ?変じゃない?」
玄関の鏡で最終点検しても、遥は気に入ってくれるだろうかと里香は不安だった。
「大丈夫よ。可愛い可愛い。」
苦笑している母親を見上げて、里香は頷いた。きっと大丈夫だと、自分に暗示を掛ける。
「あんまり遅くならないようにね?」
「うん!帰る時に連絡する!行って来ます!」
「行ってらっしゃい。」
待ち合わせは里香と桃の最寄り駅。余裕を持って十分前には着くように家を出た里香だったが、待ち合わせ場所で見つけた姿に思わず駆け寄った。
濃いベージュのカーゴパンツ。黒のカットソーの上に薄いネイビーのシャツを羽織った遥が、既に待っていた。
「遥さん!早いですね!」
駆け寄った里香に穏やかな表情を向け、遥は頷く。
「里香に、早く会いたかったから。」
「わ、私も!早く会いたかったです!」
里香の心臓は、ドキドキと早鐘を打っていた。遥の浮かべる穏やかな微笑み。この微笑みを里香は大好きだと思う。
「昨日の服と、雰囲気違うんだな。」
「お、おかしいでしょうか?」
「いや……可愛いな。」
昨夜悩んで良かったと、内心ガッツポーズを決めている里香は知らない。穏やかに笑みを浮かべた遥の視線が、黒タイツに包まれた里香の足に注がれている事を。夢の中の茜はいつも着物姿だった。その為、遥はすらりとした里香の足に新鮮な驚きを覚えていた。昨日のスキニージーンズとは違った趣があるものだなと心の中で感心している遥を見上げて、里香は笑顔で首を傾げる。
「遥さんは今日も薄着ですね?寒くないですか?」
「あぁ。まだこのくらいなら大丈夫。コートを着ると逆に暑い。」
「そうなんですか?私はもうコートがないと寒くて…冷え性なんです。」
筋肉質の遥は体温が高い。その為、そんなに厚着をしなくても寒くはなかった。
温めるようにこすり合わせている里香の手を遥は包んで、確かめる。
「確かに、冷たいな。」
「遥さんの手は、温かいです。」
顔を見合わせて、二人は微笑み合う。
そんな二人を少し離れた所から裕貴と桃が見守っていた。
「裕貴さん。私、向こうに行きたいです。」
「そろそろ良いかなぁ。行く?」
「行きます。」
待ち合わせ場所に辿り着き、里香を見つけて近付こうとした桃を裕貴が捕まえて物陰に引き摺り込んだ。本物の変質者だと思い暴れようとした桃を抱き込んで、裕貴が自分だと囁いたのだ。あの時は本当に怖かったと、桃は裕貴から逃げるように里香の下へと向かう。
「里香ちゃーん!!」
桃が駆け寄った所為で里香と遥の手が離れてしまったのは申し訳ないと思ったが、桃は里香に癒されたかった。
「おはよう、桃。どうして涙目なの?」
「うぅっ…朝から危険な男に弄ばれたんだよぅ。」
「桃ちゃんは大袈裟だなぁ。ちょっとかくれんぼに誘っただけなのに。」
桃の後から歩み寄った裕貴を里香は一瞬鋭く睨む。だけれどすぐに表情を和らげて、里香は桃を抱き締め返して頭を撫でた。
「美人のキツイ眼差しって興奮するなぁ。あれ?遥くん?ちょ、勘弁っ!」
へらへら笑う裕貴へと、里香と桃の代わりに遥が制裁を加える。頭を上から鷲掴んで、片手でギリギリと締め付けるのだ。頭を割られそうな締め付けに、遥はバカ力だよなと、裕貴はくだらない事を考えながら謝罪を口にしたのだった。




