12
ベッドの上に置かれたピンク色のスマートフォン。
腕を組み、正座して眺めている桃の眉間には皺が寄っている。
『良かったら、連絡して。』
別れ際、甘く囁いたのは危険な香りのする年上の男。
里香の虎様の親友だという男は桃のタイプど真ん中。経験豊富そうな色男。だけれどそんな男、初心者の桃の手に終える訳がないと桃自身でもわかっている。
だがしかし、初めてだからこそ、そういう男と関わってみるのも勉強になるのではないか?
いやでも、泣きを見るのは目に見えている。
でも…でも…でも……
「うひゃぁっ!」
考え続けていた桃の前でスマホが震えた。表示されたのは、別れ際に連絡先を交換した件の危険な男の名前。オロオロと出るかどうするか悩む桃の前で、スマホは着信を知らせ続ける。
ごくり、喉を鳴らして桃はスマホを手に取った。画面に指をスライドさせて耳に当て聞こえて来たのは、少し高い、甘く響く男の声。
『桃ちゃん?電話しちゃった。何してた?』
「えと、あの、何も…」
『そうなの?俺は今家着いたんだ。寂しい一人暮らし。』
「そう、なんですか?」
『やだなぁ、そんな緊張しないでよ?』
「すみません…あんまり、慣れてなくて…」
『かーわいい。』
「は?!」
『初心な感じが可愛いなって思って。迷惑だった?』
「いえ、そんな事は…ないです。」
『良かった。明日さぁ、デートしない?』
「で、ででデートですかぁっ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げた桃の耳に、男の笑い声が聞こえて来た。くすくすと小さな笑い声を上げ、男は再び甘く囁いてくる。
『そう。デート。明日遥くんのバイト夕方からだし、里香ちゃんも誘ってさ、ダブルデートしない?』
「えぇっと、それは、里香ちゃんに聞いてみないと…遥さんは、オッケーなんですか?」
『遥くんは、里香ちゃんが来るなら絶対来るよ。』
「そう、ですね。」
里香の家からの帰り際、愛しげに里香を見つめていた遥の表情を思い出し、桃は納得した。
納得する桃の耳を再び甘い笑い声が擽る。
『俺も、桃ちゃんに興味あるし。里香ちゃんに聞いてみて?あとでメールくれたら待ち合わせ決めるから…電話でも、大歓迎だけどね。それじゃあ、連絡、待ってる。』
ツーッ、ツーッと切れた音を聞きながら、桃はベッドに倒れ込む。枕に顔を埋めて、ジタバタと暴れた。
やはりあの男は危険だ。桃の手には終えない。ばくばくする心臓が口から飛び出して来てしまいそうだ。
「うみゃあっ!!」
じたじた悶えていた桃の手の中で、再びスマホが着信を告げて、桃は飛び上がる程に驚いた。取り落としてしまったスマホの画面を恐々覗くと相手は里香で、桃は縋り付くように電話に出た。
「里香ちゃーん!!」
『桃?どうしたの?』
「危険な男の誘惑がっ!大変だよっ!弄ばれてしまうっ!!」
『それって、裕貴さん?』
電話で見えるわけがないのだが、桃は思わずブンブンと首を激しく縦に動かしてしまう。それでも里香は読み取ってくれたらしく、小さな溜息が聞こえた。
『やっぱり…遥さんから連絡があってね、裕貴さんは女たらしだから、桃に忠告するように言われたの。何されたの?』
「電話…里香ちゃん達と、ダブルデートしようって、誘われた。」
『んー、二人きりじゃないなら良いのかなぁ?桃は行きたい?』
「里香ちゃんとは遊びたいよぅ。」
くすくすと里香が嬉しそうに笑う声が聞こえ、桃はその声に、先程の緊張が解けるような気がして安堵する。
『なら、遊ぼうか。でも、私が遥さんに連絡して、遥さんから裕貴さんに連絡してもらうね。あんな百戦錬磨みたいな男の人、桃には荷が重いでしょう?』
「無理だよぅ。怖いよぅ。食べられちゃうよっ、がぶりって、頭から!」
『私も、桃が食べられちゃうの困る。遥さんに連絡したら、またメールする。裕貴さんからの電話、出ちゃダメだよ?桃なんてあっという間に虜にされちゃうんだから。』
「わかったぁ。気をつけるぅ。」
『そうして下さい。それじゃね。』
「あーい、あとでー。」
通話を終え、桃は再びベッドへ倒れ込む。
今日は色々とあり過ぎてとても疲れていた。だが、里香のあの嬉しそうで幸せそうな表情を思い出すと、桃も顔がにやけて嬉しくなってくる。前世では死に別れてしまったらしい二人だけれど、今世では、穏やかに幸せになれたらいいなと、桃は願った。




