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戦国時代の描写がありますが、作者は詳しい知識を持っていません。
実在の武将とも全く関係ありません。
言葉遣いについてもフィクションとしてお楽しみ下さい。
ふわり、ふわり、白い雪が舞い落ちる。
泣き崩れる女の上。
紅を流す男の上。
ふわり、ふわり、雪は全てを埋め尽くす。
「里香ー?そろそろ起きなさーい!」
階下からの母の声で、里香は目を覚ました。
ベッドの上で体を起こし、流れていた涙を拭う。
よく見る夢の一場面。苦しくて、悲しくなるその夢。涙が溢れて止まらなくなる。
「今日は悲しいやつだ。」
呟いた里香は膝に顔を埋めて、涙を布団に染み込ませた。
物心ついた頃から二人の夢をよく見る。その夢で、里香は茜という女なのだ。茜が虎様と呼ぶ男といつも一緒にいて、最後に虎様は死んでしまう。今日はその、別れの場面だった。
「あー、もう、涙止まんない。」
幸せな場面の時は良い。だけれど何度見ても、虎様が死ぬ夢は、胸が裂けてしまいそうに苦しくなる。
ぐずぐずと鼻を啜って、里香は顔を洗う為に部屋を出た。未だハラハラと涙は流れているが、顔を洗えば治まるだろう。
「やだ、里香、またあの夢?」
降りて来る足音を聞いた母親が台所から顔を出し、心配そうに眉根を寄せた。
「うー、死んじゃうやつだった。」
母親に夢の話はしてある。
幼い時から、目が覚めると泣き出して、しばらく泣きやまなくなる娘を心配した母親が聞き出したのだ。悲しい夢も、幸せな夢も、茜と虎様の夢を見る度に里香は母親に話した。
「顔洗ったら、目を冷やしなさい。」
「うー、そうするー。」
鼻が詰まって"ん"が言い辛い。
そんな娘の後ろ姿を眺めて、母親は台所に戻った。
「里香はまたあの夢か?」
新聞から顔を上げた父親に、母親は頷いて苦く笑う。
「今日は悲しいやつだって。目が腫れちゃうわね。」
そうだなと呟き、父親はコーヒーを啜る。
不思議な夢を見る娘だが、特にそれ以外は普通と変わらない。
朝涙が止まらなくなるのは困るし可哀想だとは思う。だが、幸せな夢の時は一日機嫌が良くなるのだ。悪い事ばかりではない為、里香の両親は夢の事を余り気にしないようにしている。
この家では、見慣れた日常の風景の一部となっていた。
顔を洗って身支度を整えれば、里香はもう夢の余韻は引き摺らない。少し目は腫れぼったくはあるが、いつもと同じ時間に家を出て、友人との待ち合わせ場所へと自転車を漕ぐ。
「里香ちゃん、おはよぅ!」
「おはよー、桃!」
小柄でボブヘアーが似合う、可愛い系の女の子。
桃とは小学生の頃からの付き合いだ。高校も同じ所へ通い、運良くクラスも一緒で、里香にとって一番仲の良い友人だ。親友と言っても過言ではない。
「今日さー、悲しいので、朝から私ブサ顔。」
「里香ちゃんは素が可愛いから、多少目が腫れても大丈夫だよぅ。」
夢の話も、桃にはしている。
二人は昨夜のドラマの話など、他愛のない会話をしながら学校へと自転車を走らせた。
学校では席は離れているが、桃は鞄を席に置くと里香のもとへやって来る。そして、ホームルームまで会話をして時間を潰す。昼休みも放課後も二人は一緒だ。
「立花さん、ちょっと良い?」
いつもと変わらない学校での時間を終え、桃と帰ろうとした里香を見知らぬ男子生徒が呼び止める。
自分では良くわかっていない里香だが、彼女は美人の部類に入る顔立ちをしていた。何もせずとも整った眉に長い睫毛。その睫毛が縁取る目も、くっきりとした二重で大きい。薄い唇は形が良く、清楚さを醸し出している。
そんな彼女を想う男は少なくない。名前も顔も知らない男子生徒にこうして呼び出され、告白をされる事がよくあった。だが、里香の返事はいつも決まっている。
「ごめんなさい。お付き合いとか、興味無いです。」
「試しに、とかでもダメ?」
「ごめんなさい。」
年頃なのだから、恋だとか付き合うだとかいう事に、里香も興味は有る。だけれどどうしても、こういう時には虎様の顔が浮かんで離れなくなるのだ。
夢の中の男。
会える訳の無い男が、何故か里香は恋しいと思う。
彼に会えなければ自分は救われない。そんな焦燥感に襲われもする。
「またお断り?結構かっこ良かったのにぃ。」
「だって、知らない人だし。」
「まぁねー、里香ちゃんモテるのにね!」
「私はまだ、彼氏とかより桃と一緒にいる方が楽しい。」
「嬉しい事言ってくれるじゃん!このこのぉ!」
桃と笑い合ってじゃれ合って、里香はまた、自転車を漕いで家路についた。