8.出会いはいとも簡単に
ディルクは内心驚いていた。
一つは、この国の民たちが見ず知らずの他人に対してでもまるで長年の友人であるかのように親切であること。
もう一つは、あの王子がこうも楽しそうに誰かと話をしているということだ。
「ディルク!分かったぞ!」
実に嬉しそうに、キラキラと輝かんばかりの笑顔である。
こんなテオの顔を見たのはいつ以来だっただろうか。
いつも笑ってこそいるが、そこには真実の笑みはないのだ。
やはり王子は大人の仮面を被った子どもなのである。
「――彼女は、この市場に現れるはずだ」
楽しそうな王子の様子は嬉しいのだが、こうも簡単に情報が手に入るとは急に肩の力が抜けてしまうものだ。
見付けるのは困難だろうと踏んで意気込んでいた自分が少し恥ずかしくなる。
――しかし、久々にいいものも見れたしな。
ディルクは小さく笑みを浮かべたのだ。
*****
今日はいつもより陽射しがきつい。
そろそろこの地にも夏が近付いているのだろう。
雪降る隣国の名残も、デンメルングではいつの間にかすっかり融け去るだろう。
雪に覆われていた大地は芽吹き、ほんのひと時の間だけ鮮やかになるのだ。
「嬢ちゃん、アンタを探してるっていう男が二人――っても、片方は子どもだろうがな。イイ男だったぜ?」
不意に声を掛けてきたのは件の宝石屋の店主の一人息子だ。
父親の方であればまだマシなのだが、この一人息子はガラが悪くて苦手だった。
何でも、街のゴロツキ連中に加わっているそうな。
――しかし彼のいう二人の男というのは何となく予想がつく。
彼女は口許に笑みを浮かべた。
月が、やって来たのだ。
*****
一番下の弟とそう歳も変わらないだろう子どもたちが駆ける。
露店のすぐ傍を走り回るものだから、大人たちに危ないと叱られて不貞腐れている者もいた。
ほんの数日離れただけなのだが、少し自国が恋しいようにも感じた。
テオが物思いに耽っていた時、どこからともなく派手にガラスが破れたような音が響く。
辺りは一気に騒がしくなり、当の店主といえばアタフタと慌てていてどうすればいいのかと混乱しているようだ。
その店の傍に蹲る子どもは、破れたガラスに塗れて赤い血を流していた。
テオとディルクは反射的に野次馬を押し退けて進んだ。
「出血が酷い――止血だ、誰か清潔な布を持ってきてくれ!」
声を張り上げて叫んだ。
しかし周囲はただ混乱しており、ざわめきに声がかき消される。
「退いて!その子はわたしの患者よ!」
テオとディルクに遅れ、若い女の声が野次馬を割って入る。
地味なマントを纏っている彼女は手早く子どもの容態を確認し、テキパキと処置をしていく。
それでも対処しきれない箇所からは血が流れ続ける。
「――どうやらガラスの破片は身体に残っていないようね…」
子どもの身体に触れながら彼女は呟く。
そして続けてなにやら呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
最初こそ勢いが良かったものの、彼女が現れてからは何もできずにいた男二人は立ち尽くす。
彼女のしなやかな白い手からぼんやりとした光が放たれ、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「癒者、か…」
テオの小さな呟きが聞こえたのか、彼女はふと笑った。
「わたしは、ただの魔女よ」
マントのフードから覗く一対の深紫がテオの空色を捉えた。