6.答えのない旅路
「王子!テオドリヒ王子!」
彼らしくもない。
慌てたように取り乱して、声掛けもノックですらせず部屋に飛び込んでくるだなんて。
先日、戦の始まりを知らせにきたときの方がよっぽど落ち着き払っていた。
「どうした、第一騎士隊隊長第一候補?」
些か民を失いはしたが、先日の戦には負けなかった。
もっとも、攻め入ってきた敵陣よりもモントベルクの騎士たちの方がこの薄い空気にも、ゴツゴツした岩肌にも慣れていたというのが大きく寄与しているのであるが。
自分のひっくり返ってしまいそうな声とは正反対な凛とした声。
その口許には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいた。
「――見つけたのです、彼女を!」
未だに騎士の声は興奮で震えていた。
その言葉に驚いたような表情を一瞬だけ見せ、すぐに取り繕う王子。
ディルクは構わずに続けた。
「雪の国から少し北上した位置にある幻の国という小さな国で――」
その先のディルクの言葉は、テオにとっては無であるようだった。
飛び降りるかのように椅子から離れ、モントベルクを示す濃紺に金の飾りが付いた上着を手にする。
「ディルク、行くぞ!」
どこへ、などとは愚問すぎて尋ねることができなかった。
騎士は急いでワガママ王子の背を追いかけた。
*****
そもそも先日の雪の国との戦の原因とは、実に下らない理由からだった。
以前行われた次期国王であるテオドリヒ王子のお披露目会のこと。
あの日テオの妃候補として集められた異国の姫君たちは、未だにモントベルクとはそう交流もない国の者ばかりであった。
砂の国に海の国、そして陽の国の三国である。
いずれも大臣や公爵、果てはテオの母のツテでやってきたのではあるが、その三国と共に名を連ねる雪の国が聞きつけたらしい。
何よりも娘を愛してやまない彼の国王は、我慢ならずにモントベルクに攻め入ったのだという。
それはモントベルクが最も嫌う、無意味に血を流させる戦であった。
戦が終わり、改めて彼の国へ向かったモントベルクの騎士たちだったのだが、慣れない積雪地に方角が分からなくなって迷った者がいたようだった。
そして数名の騎士が死に物狂いでたどり着いた地が、幻の国である。
「――やっぱり、彼女を探していたんですね」
いつの間にか辺りもすっかり暗くなり、宿も見当たらずに二人は野営することにしていた。
パチパチと火が細い木の枝から弾けては音を鳴らす。
テオはぼんやりとその炎が描く影を見つめていた。
森はすっかり眠りについている。
「…分からない、んだ」
吐き出すような、しかし小さな声でテオはディルクに告げた。
分からない、それが自分が導き出した答えであった。
試験でいえば不合格の答えだろう。
しかしテオには何故、彼女を探さなくてはいけないと思ったのかも、不意に必要無く感じたのかも分からなかったのだ。
ただそれは己の本能が訴えるがままの思いなのだ。
自分が今、ディルクくらいの歳であれば、その本能に逆らって自らを制することができていたのだろうか。
「そうか…」
呟くような返事をしたディルクは、テオに横になるように言った。
一国の第一王子をこんな拙い寝床に寝かすのは憚られるが、テオ自身は全く気にしていないようだ。
「――俺は、テオが言うならどこへだってついて行くさ」
すっと閉じられた空色の瞳には聞こえないよう、小さな声で言った。
衝動的に城を出たはいいが、向かう先は幻の国だ。
雪の名残を残した小さな国。
そこへ無事たどり着けるように――途中でこのワガママ王子が風邪なんてひいてしまわないように――作戦を練ろうかと、ディルクは燃え続ける炎を見ていた。
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ディルクはテオの信用できる友であり、兄のような存在なんでしょう!