5.陽だまりに忍び寄る影
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がした。
それは遠い記憶に共に生きた人なのだろうか、それとも――。
約束なんてしなければ、幸せになれたのかもしれない。
*****
いつもと変わらない、日常という日々は続いた。
しかし、そこには少し厄介な出来事も付属してはいたが。
「テオにいさまー!」
幼い子がバタバタと走り、テオの身体に体当たりしてくる。
蜜色をした光はやけに嬉しそうだった。
「どうしたんだ、カミル?」
庭園の傍を通る廊下には暖かな陽が射し、とても穏やかな気持ちになる。
光と称されるカミルにはぴったりの場所だと思った。
「ぼくの、名前がきまったのであります!」
どこか滑稽に聞こえる言葉に、テオは笑った。
きっと弟の言う名前というのはこの世界に共通して知られている、"隠し名"のことだろう。
"隠し名"とは読んで字が如く、だ。
貴族以上の家系の者に与えられる第二の名前。
しかしその名は決して多くの者に知られてはならない。
何故ならば名の持つ力は強く、時には暗殺にだって用いられるそうだ。
ある年齢に達したという祝いの意味も込めて、占術やらそういう類いの得意とする者から与えられる"隠し名"。
――残念ながらテオにとっては、忌み嫌うべきようなものなのだが。
「にい、さま?きいているの、でありますか?」
ふと過去に思いを巡らせそうになっていたテオを膨れっ面の弟は見上げる。
何とも愛らしい姿に笑みを零し、テオはカミルの癖毛を撫でた。
「カミル。"隠し名"は大切な名前なんだぞ。だから、誰にも教えちゃいけない。兄様でもダメだ」
そうは言いながらもテオは内心苦笑した。
きっとカミルのことなのだから、素晴らしい名を与えられているはずだ。
だけど、聞いてしまうのが怖かった。
カミルの名を聞いて、また自分に絶望するのも怖かった。
「では、ナイショ、であります!でも…」
テオの言葉に元気良く手を挙げたカミルだったが、急にその元気をなくす。
下を向いてしまったカミルに目線を合わせるかのようにテオはしゃがむ。
「ルネちゃんにもナイショにしないと、いけない…でありますか?」
しょぼくれた声にテオは吹き出しそうになる。
そういうことか、と納得した彼はカミルの頭を優しくポンポンと撫でる。
「ルネちゃんには、大きくなって結婚する時に教えてあげような?」
ニッと笑ったテオにカミルはうんと大きく頷いた。
この、幼い弟には。
自分と同じような苦しみを味合わせてはいけない。
いつまでも心から笑っていられるように――。
*****
「ライナルト様!」
慌てた声が部屋の外から聞こえる。
入ってきた者はまず一礼をし、その寝台の傍に傅く。
「戦が…始まります!」
鎧を纏った男の声が震えていた。
「一体、どこが…?」
「雪の国です…!」
王は目を瞠る。
と、その瞬間、ゴホゴホと渇いた咳をする。
このままではいけない、ただその言葉が王の脳裏を支配していた。
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カミルくんの好きなもの
ははうえ
テオにいさま
ニコル
ルネちゃん
ネコさん!
何故か呼び捨てにされてしまっているニコルとカミルの話とかもいつか書けたらなあ 笑