3.美しの姫君
煩く、目が狂いそうなほどの色で満ち溢れた広間。
その中心に、誰よりも目を惹く者が佇んでいた。
若い娘たちは誰もが艶やかな色をしたドレスに身を包んでいる。
――しかし彼女を包んでいたのは目が醒めるほどの純白だった。
おまけにプラチナの長く癖のない髪を揺らし、肌も透き通るようなほど白く滑らかで、深紫の瞳をより際立たせていた。
美しい、と。
ただその言葉しか頭に浮かばなかった。
彼女の姿にじっと見惚れる者、そして息を飲む者ばかりだ。
いつの間に、どこからともなく姿を現した彼女はコツコツとテオの元へ歩いてくる。
まるで永遠のように感じられるような、しかしほんの一瞬の出来事だった。
『――"闇"はもうすぐそこまで来ています』
冷たいようで甘い響きを伴った、静かな声がした。
テオにだけ聞こえるよう、言った彼女はその隣を静かに通り過ぎていく。
まるで時が止まってしまったかのようにしんと静まり返った広間には誰も彼女に無礼者だと責め立てる者はいない。
慌てて後ろを振り返り、揺れるプラチナに向かって尋ねた。
「――君の名は…?」
少し上ずったテオの声に、コツコツという足音が止まる。
「エマ、よ」
振り返った深紫が笑んだ。
桜色の唇が緩やかに弧を描く。
手短に答えた彼女の後ろ姿は、まるで白に飲み込まれていくかのように――もしくは初めからそこにはいなかったのかもしれない。――消えていった。
しかし彼女は――エマは言ったのだ。
"闇"がすぐそこまで来ているのだと。
飲み込まれてしまわないようにしなければ、今度こそモントベルクは救われない。
あのおとぎ話のように、強き者も魔女もいないのだから。
テオは一際大きな溜息を吐いた。
*****
あの夜、王子の部屋に呼び出されてから、騎士は一つの命を受けた。
エマというあの女について調べよ、というものだった。
しかしどんなツテを使っても、日が経とうとも一向に情報は手に入らないままだ。
あのワガママ王子のことだ、きっとそれでは納得がいかないだろう。
彼女について知っていることは少ない。
その名と容姿、そして"闇"の訪れを知っていたこと。
たったその三つの情報だけでは、核心に迫るのはかなり遠い道程なのである。
ディルクは実際に彼女を見た訳ではなかった。
次期国王の第一騎士隊の隊長を見込まれていた彼は、広間に外部から誰も
侵入できないよう見張っていたのである。
はっきり言ってこれは、無理難題だ。
「王子の花嫁探し…か。お前も災難だったな」
いつの間にか肩を落としていた同僚に気付き、少々茶化しながらガハハと笑う筋肉質な男。
彼はディルクとはまた違ったタイプで、まるで全身が筋肉でできているのではないかというような、色んな意味で豪腕な奴だった。
「よせよ、パウル。他人事だと思いやがって…」
ディルクは舌打ちをして言った。
パウルはと言えば、おどけるように両手を挙げて降参だというポーズを取る。
「――しかし、奇妙な女だな」
パウルがディルクの隣にドカリと腰を下ろして呟いた。
ディルクは片眉を上げて相方を見る。
「広間に入るには、俺たち第一騎士隊員の誰かに姿を見られていなくちゃいけねぇ。だがな、その女は――それほど美しいっていうなら、目立つはずだが――俺たちの誰も見てねぇときた」
パウルの言葉にディルクは眉を寄せる。
確かにその通りなのである。
広間を開場してから空になるまでの間、第一騎士隊が見張りをしていた。
それなのに騎士隊の誰に話しても彼女を知らないと言う。
彼の言う通り、実に奇妙な話だ。
「俺が思うにだがな、そいつは魔女か亡霊の類さ。――もっとも、後者なら空恐ろしいがな」
冗談めかしてガハハとまた笑うパウルだったが、反してディルクはその言葉に引っかかりを感じたのか眉を寄せたままだ。
――魔女か、亡霊?
だとしたらあり得るのは、前者だ。
どうしても気になることができてしまったディルクは、パウルの食堂への誘いを断りとある場所へと出向いた。
そこは自分のような騎士にはとても似合いはしない場所だった。




