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2.煌びやかな蝶

 それは決して甘美なものではない。

 毒とむせ返るような香を纏った艶やかな蝶が次から次へと舞う。

 蝶たちが求めるのは美しく気高き花だ。

 それ以外の何者でもない。



 湯浴みを終え、次から次へと侍女たちは目まぐるしくテオの身支度を進めていく。

 蒼天の君を美しく飾るにはどの色が映えるだとか、何とか言って。


「――失礼致します」


 コンコンと扉がノックされ、手短に返事をすれば、滑り込むかのように部屋に姿を現す者がいた。

 すらりと伸びた四肢にしなやかな筋肉のついた無駄のない身体。

 いつもなら深い蒼の鎧を身につけているはずの彼も、今日は式典用のものを身につけている。

 その胸元には銀色の章が輝いている。


「テオドリヒ様、資料をお持ち致しました」


 落ち着き払ったその声音はいつものものではない。

 テオはくすりと笑みを零しながら、騎士が手渡す羊皮紙の束を受け取った。

 本来ならこういった仕事は騎士のものではない。

 しかしながらテオには、この城に住まう大臣とやらには信用の置ける者はいなかったのだ。

 不敵な笑みを浮かべ、テオは騎士を振り返った。


「――で?お前はどう思う、ディルク第一騎士隊隊長第一候補」


 射抜くような鋭い漆黒の瞳。

 一見冷酷そうに見えるその表情は、ただ単にどう感情を表現すればいいのかが分からないだけなのである。

 瞳と同じく艶やかな黒髪を掻き上げ、騎士は参ったというような表情をした。


砂の国(クアナッハ)のベルナデット姫はボレル大臣、海の国(マレリアーナ)のイレーヌ姫はエクスナー公、陽の国(ノルデタール)のメロディ姫はイルザ様…かと」


 騎士は一度に告げると、伺うように王子の顔をチラリと見る。

 テオは頷いた。


「えらく遠い国ばかりだな」


「遠いが故に関わりもなく、未だ同盟国ではない国ばかりです」


 ディルクの返答にテオはなるほどと呟く。

 いつの間にか身支度は終えられていたが、ぼーっと鏡の前で物思いに耽る。


 足音を立てないようにひっそりと"闇"はやってきている。

 その正体は一体何だろうか。

 それが如何なるものだったとしても、自分は――。


「面白くなりそうだ」


 テオは豪奢な椅子に腰掛け、肩肘をついてニッと不敵に笑む。

 未知に対する様々な感情が綯い交ぜになり、背筋がゾクリと震えた。






*****





 次期国王の披露という名目で、城には溢れんばかりの煌びやかな貴族たちが姿を見せていた。

 モントベルクの色とされる濃紺を基調とした部屋には、派手な飾り付けはない。

 しかしそんな物すら必要ない程の着飾った人々が穏やかに談笑し、時には牽制し合うかのような視線を交わしていた。

 実はといえば、テオはこういった場が好きではない。

 決して社交的でない訳ではなかった。

 しかし、貴族たちの真っ黒な腹の探り合いに巻き込まれるのはごめんだ。


「テオドリヒ様!」


 赤らんだ鼻を擦りながら、背の低い神経質そうな大臣がキーキー声で呼んだ。

 テオが現れるなりこれとは、ボレルの奴らしいがなかなかあからさまである。

 違う意味でワクワクとしながらテオは大臣の方を向き直る。

 躓きそうになりながらやってくるボレルの後ろをついてくるのは、亜麻色の長い髪を結い上げ、恭しげなエメラルドを瞳にたたえた少女だった。

 年はテオと同じか、少し上だろう。

 少女の後には二人の侍女らしき者が仕えている。


砂の国(クアナッハ)のベルナデット姫でございます」


 ボレルのキーキー声に続き、少女は徐にお辞儀をする。

 儚げな印象だった。


「――モントベルク第一王子、テオドリヒと申します。ベルナデット様、このような遠い国まで…さぞお疲れでしょう。ご滞在の間は何かとお困りのこともきっとございますでしょうが、いつでもこのボレル大臣へ言いつけて下さいませ」


 テオは父親の若い頃にそっくりだと謳われる、ヒヤリとしつつも甘さを感じるような笑みを貼り付けて言った。

 成人したとはいえまだ十代半ばであるテオのその言葉にボレルはギョッと目を見開き、焦ったように深々と頭を下げる。

 ぼんやりとテオを見つめているような一対のエメラルドは、穏やかな声ではいと頷いた。




*****




 バタン、とやや乱暴に部屋の扉を閉め、テオは柔らかな椅子へと背を預けた。

 穏やかな濃紺色を主とした部屋は先ほどの広間と同じであるはずだが、どうも心が落ち着き、感覚が研ぎ澄まされていくように感じる。

 そっと瞳を閉じ、宴の席のことを反芻する。


 大臣、公爵、そして母が挙げた妃候補は誰もが美しく可憐だった。

 見た目だけではなく、その後ろ盾も素晴らしい。

 ――しかし。

 テオはギリッと唇を噛んだ。


「彼女は、一体誰なんだ…?」





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