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はじめに。
この"佇む花を王の胸に"はわたしの初めての王国モノです!
他の連載もまだまだ途中ではありますが、たまにはこういう王道な?恋愛を描いてみたいと思いまして 笑
至らない点は多々あるかとは思いますが、どうぞお付き合いよろしくお願いします!
佇む花を王の胸に
チラチラと降り始めた雪が、地面に広がった赤黒い血の池に消えていく。
すっかり興奮状態の身体を冷ましてくれるかのように。
どうか一粒受け止めようと開いた掌は僅かに震えていた。
意味のない死なんてものは存在しない。
そう信じて生き続け、戦をしては人を殺めていく。
他人の死の上に成り立った己の生。
きっといつかは平和が訪れ、人々がみんな手を取り合って平等に微笑み合う。
そんな時代がくるはずだと、ただ信じて戦っていた。
自らが望む国というのは、誰もが幸せだと思える国なのだ。
――早く。早く、闇を抜けてしまわなければ。
無駄な血を争いで流すのは、一刻も早くやめにしなければ。
はあはあと浅い呼吸を繰り返し、熱を持った脇腹に手を当てる。
そばに転がっている死体は相手国のものばかりではない。
そこにはつい数刻前まで隣で息をしていた自国の兵も交じっている。
息は整わないまま、咳が漏れる。
段々と意識が薄くなり、辺りの景色が白ばんでくる。
このまま、死んでしまうのか。
恐怖と不安に怯える民を残して。
ヘルフリートは、その場にそぐわないような笑みをふと浮かべた。
疲れ切って眠る時のように瞼が重くなり、思考が混濁する。
――しかし、彼がその瞳を閉じた時、凛とした声が聞こえた。
「人は愚かね。意味のない戦をし、無意味な血を流す。だから神様は嘆き悲しみ、世界を闇が覆うのね」
ヘルフリートは力を振り絞って瞳を開いた。
「あなたは、まだ死なない。――死ねないのよ、ヘルフリート王様」
くすりと笑みを浮かべたその顔はあまりはっきりしない。
ただ、プラチナ色の長い髪を揺らし、二つの深紫色が細められる――それだけで誰なのかも分からない彼女が笑っているのが分かった。
「わたしは、あなたを救うわ。そしてこの闇を晴らすの。ねぇ、ヘルフリート・シュタルク・モントベルク?」
彼女の声は一度も揺るがなかった。
そして彼女は彼が何者であるのかも知っていた。
その名は、モントベルクの冠を戴く者。
ほんの数人しか知らないはずの強き者をもつ王の名を、知っていたのだ。
「…君は、一体……?」
*****
吟遊詩人は唄う、いつまでも。
訪れた闇に立ち向かった王と、その王を救った魔女のおとぎ話を。
『私は、お前を愛している』
そう言って悲しげな瞳をする老いた王に微笑んだ魔女はひとつの時すら感じさせない美しさだった。
魔女はシワだらけになったその手をしっかりと握る。
――まだ、とても温かい。
魔女が王の死を感じた時、一粒の大きな涙が頬を伝った。
『私のために泣くのか、お前は』
魔女は横に首を振った。
次第にその身体が白い霧に包まれたかのように霞んでいく。
『行く、な』
渇いた咳に混じった苦悩の声。
――しかし、二つの深紫色は宙に溶けていく。
『再びモントベルクに闇が訪れし時、私は必ずそのお傍に――』
晴れ渡り、澄んだ美しい空の日。
モントベルク王国の闇を救った偉大なる王、ヘルフリート・シュタルク・アドリウス・フォン・モントベルクは眠るように息を引き取った。