戦い
満面の笑みの上司、静まる会場、はためくレースのスカート。リセは薄く笑った。その手には乗らない。
戸惑いながらも自分を取り巻く受験者たち。杖をもとに詠唱を始める者が多くを占める中、大柄の男が剣を掲げて切り掛かってきた。見切ってよけて、杖でたたく。リセの身長よりやや小さい杖ー通称びりびりくんーで触れられた者は例外なくしびれの呪いがかかる。大柄の男はうずくまったまま身動きがとれなくなった。
本気で受験者たちが動き出す中、リセは遠巻きに呪文の詠唱をはじめていた受験者の一軍に駆け寄った。とっさに身動きできない一塊の人間を次々と、杖でついていく。うずくまる人々で小山ができるころ、ようやく事態を悟った一部の受験者は散り散りに逃げ始め、一部は本気で取り囲みだした。
「炎熱の蛇」
堂々たる叫び声とともに灼熱の炎がリセに襲いかかった。リセは冷静に熱を見つめ、ゆっくりと杖をふった。押し寄せる炎はリセにぶつかる直前に割れて左右へ流れた。炎にまかれる受験者たち。間髪いれずにかけより、近場の人々に杖をたたきつけていく。
事態は途中より、鬼ごっこの体をなしたーー。
底なしの体力、鉄壁の防御力、そしてしびれ棒…地味な装備だが、実戦の経験というリーチで次々と受験者を片付け、残りは数人となった。
最初からためらって何もできないが逃げ足の早い中年の男、剣を片手にゆうゆうと観戦している壮年の男、そしてーー金糸の刺繍が入った黒い上着に、深い赤の長い装飾衣をはいた女。刺繍の紋章は竪琴、それを取り巻くように天仙藍の花…吟遊詩人をかたどった印は、海を挟んだ魔法大陸、精霊都市連盟の盟主ルルスの紋章だ。盟主の紋章をまとった制服ーー
「ルルス大図書館の回収使」
知らぬ間に隣に立っていたハーディガーディは、和やかに口にした。
「ずいぶん勉強熱心だねー」
女はうつむいて次の瞬間、リセの左から衝撃か走った。そのまま吹き飛ばされたが、かろうじて受け身をとりうずくまる。
荒い呼吸で顔を上げると、女の傍らには浮遊する人物が寄り添っていた。向こうが透けて見えるほどの、緑の儚げな人物ーー
「風の精霊!」
リセは吐き捨てて、立ち上がり走り出す。しかし、数歩で目の前に悠々と精霊が回り込み、ふわと笑顔の様な顏で手を払った。
ビリビリ棒の防御が間に合わない、目をとじ衝撃に備えた次の瞬間、ふうわりと体が浮き上がる心地がした。
「試験終了☆」
リセはそっと目を開けると、ハーティガーディに横抱きにされている自分を確認した。見上げると、白塗りの整った横顔が見えた。
「合格者は三名だねー☆」
さてさて疲れたぁーとつぶやくと、ハーディガーディはきびすを返して、すたすたと歩き出した。
再び呆然とした受験者が騒ぎ出す前に、転移の魔法を使いその場を後にした。