試験会場
背中に回された腕、押し付けられた胸、この瞬間はいつも慣れない。リセはハーディー・ガーディに抱き締められていた。ほとんど変わらない背丈をふと見上げると、綺麗な面立ちが見えて慌てて目を伏せる。リセは心のなかで念じた。決して決して動揺なんてしていない!なぜなら私の頬には、彼の蛇腹状の襟巻きがつきささっているのだから!
「転移ー☆」
│上級魔法使い(シシェラ)は呑気な声ををあげた。ふわりと体が浮き上がったかと思うとすとんと落ちた。相変わらず見事なものだとリセは苦々しく思った。転移の魔法は世界でもほんの一握りしか使えない。ましてやとも連れで、こんな詠唱も適当でどうしてできるのか見当もつかない。自分では一生かけたってたどり着けない境地だ。
「んーリセ良いにおーい」
なぜかハーディー・ガーディーは腕を強めてリセの首筋に顔を埋めていだ。首をくすぐる感覚にリセは固まったが、次の瞬間上司をべりっと引き剥がした。
「ふざけるのもいい加減にしてください!」
えーと声をあげながらハーディー・ガーディーはくすくす笑った。
「真っ赤になってかわいー」
上司をうしろにリセはずんずん歩き出した。ことあるごとにリセに構うのはハーディー・ガーディーの悪い癖だ。そう念じて自分をなだめる。そしてリセは叫んだ。
「会場はどっちなんですか。」
はいはいと言ってハーディー・ガーディーは転移台から降りてきた。リセは業務モードに切り替えながら付き従った。
足早に歩きなんとかリールの刻までに会場に到着した。広い天井のがらんとした空間、まばらな受験生がハーディー・ガーディーとリセの姿を認め集まってきた。リセは大声を出した。
「中級魔法使い試験にお集まりの皆様、本日の助手
務めます、リセロ・シズリー・魔法使い見習いです。どうぞよろしくお願いいたします。皆様厳しい筆記、および実技の試験を受けていらしたと思いますが、本日は最終試験です。ご存知の通り、最終試験は試験内容、合否判定ともに試験官に一任され一切の不義申し立ては許されません。早速ですが、試験官のハーディー・ガーディー・シシェラに試験内容を説明いただきます。」
リセは勝手に口上を述べると、上司を押し出した。彼はいつもこんな場面では部下にまかせっきりなのだが、試験内容まで説明してやる義理はない。大体試験内容も知らないのに何を説明するというのだ。リセはふりふりの衣装を着ながら腹がたっていた。
「どーもー☆」
のんびりと話し出したハーディー・ガーディーを見て、何人かははっと、何人かはぽかんと、何人かは眉をひそめた。無理もない。試験官は当日まで知らされない。年ごとにある程度予想でき、また試験官によって試験内容も予想できるが、ハーディー・ガーディー自身はさすがに予想がつかなかっただろう。白塗りに派手な衣装、赤い髪、どうみてもふざけている、リセは頷いた。そもそも上級魔法使いは雲の上の人、変人という噂しか立っていない。
ハーディー・ガーディーが試験官であること、そして彼の格好から会場は動揺した雰囲気が漂っていた。無理もない。巷に流れる試験予測を見る限りハーディー・ガーディーの予想は少ない。そして彼の専門は――リセは小さく首を横に振った。ハーディー・ガーディーは徐々にどよめきを増す会場を気にせず続ける。
「ルールは簡単。ここにいるリセロと戦ってもらいます。勝った人が中級魔法使いになれるよー」
会場が一瞬凍った。そして大声を出したのはリセの方だった。
「なんで!?助手ってそういうことですか。」
リセはほぞをかんだ。押し寄せる受験生からの威圧に、否とは言えなかった。
「彼女は魔法使い見習い、君たち初級の魔法使いよりも位は低いんだー。だからたぶんすぐ勝てるよ☆」
そして上司は両手を上げた。
「勝った人が中級魔術師合格でーす」