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riverside

嘆く月

作者: 渡辺律

親友サイド。

 あの会食の日からひと月経った今でも、親友はぴりぴりしたままだ。










 思えば、最初からあまりいい予感はしていなかった。

 親友である嘉納斎が婚約する、と聞いて多少の驚きはあったものの、いつかくるはずの未来が来たのだと思った。親友がそれに抗おうとしていたことは知っているし、横で抗っているのを見てはいたけれど、俺にできることなど何もなくて、そうして最終的に親友は婚約を受け入れた。


 婚約したことを隠せるはずもなく、親友は恋人に別れを告げたはずだった。

 斎は優しくて責任感のある男だ。恋人を日陰に追いやりたいなどなぜ思うのだろう。手を放すことがどれほど辛かろうと恋人と婚約者に対する誠実さであるとわかっていたから、斎はそれを切り出した。


 彼にとって予想外だったのは、恋人がそれを受け入れなかったことだろう。



 

 斎の婚約披露パーティーに彼女は招待されていなかった。当たり前だ。斎が柏木と付き合っていたことなど斎の両親にはとうに知られている。呼ぶわけがない。柏木もそれを承知で俺に連れて行ってくれるよう頼んだ。俺の家は総合病院を経営していて、製薬業もやっている望月とはつながりがあったので俺は正式に招待されていたからだ。


 俺はもちろん断った。

 一言でいえば面倒だったから。


 でも、断りの言葉を吐いた俺に泣いてすがる柏木の相手をするのはもっと面倒だった。

 だから条件付きであいつを連れて行ってやったのだ。



 結婚式には俺一人で出席した。婚約披露パーティーに連れて行ってくれればあきらめる、と柏木は言っていたし、そう約束もさせたからもう二人はとっくに別れていたのだと思った。それは間違いだったとすぐに知らされたけど。






 斎の妻となった彩月から電話があり、気が進まなかったけれど斎のためと言われてしまえば仕方がない。斎の親友なんていっているけれどできることは少ないのだ。何か役に立つのであればやってやりたかった。あの男の苦痛を俺は知っていたから。そしてあの苦痛がいつか癒されればいいと望んでいたから。





「なんで三年?」


 三年待ってもらって、子供を作らないことを条件に離婚するつもりなので手伝って欲しい、と持ちかけられたのには驚いた。なぜなら、あの男に惚れていないということにも驚いたし、彼女はひどく理性的だったから。
















「なぁ、向き合ってやるつもりはないんか?」


 そう問いかければ、斎はそっぽを向いた。普段は大人びている親友がこうして子供っぽい姿を見せるときは意地になっているときだ。そうなれば、いくら正論を吐いたとしても聞き入れはしないだろう。


「俺からすれば寛大な奥さんやと思うけどなぁ」

「どこが寛大だっ」

「だって、そうやろ?有無を言わさず別れさせるとかいろいろできたはずやん。まあ不意打ちでレストランで鉢合わせっていうのはどうやろと思うけど。だいたい、悪いのはお前やし」


 連れて行ったのは俺やから俺にも非はあるけどな、と言ってやれば、斎は少しひるんだようだった。


「それに、一回別れたんやなかったんか?」

「別れた、つもりだったよ」


 けど、縋られたらどうしようもなかった、と親友は零す。


 それが親友の弱さだった。

 ずっと嘉納家の跡継ぎとして育てられ、頂点に立つのにふさわしい振る舞いをするよう求められてきた男の哀れなところは、そんな弱さすら彼には許されていなかったことだろう。

 だからこそ、斎は柏木を選んだ。

 傷口から血が流れ出しているのを見て見ぬふりするためには、柏木のような存在が彼には必要だった。俺は斎の弱いところを知っていても、見ているだけしかできない。俺が彼を救おうとすればするほど彼を傷つけるだけだということを俺は既に知っていた。




「お前はずいぶん、あの女に肩入れしてるんだな」


 憎々しげに吐き出された「あの女」という言葉に、まだ忘れていなかったのかと内心で溜息をついた。あれから何年経とうとも、彼の傷はふさがらず、血は流れたままだ。


「肩入れ、っちゅーか。俺は別にお前の奥さんを応援するつもりも柏木を応援するつもりもなかよ」


 そのことは誰よりお前が知っているだろう、と暗に告げてやれば落ち着いたのか、そうか、とぶっきらぼうに返してそっぽ向いた。


 俺は正直、どういう結末になろうともかまわない。

 ただ親友がこれ以上、傷つくことさえなければいい。



 だからこそ、俺は彼女さつきの提案に乗ったのだから。













「奥さんは俺に何を望むんや?」

「何も。ただあなたは見ていればいい。わたしとて他人を好きで傷つけたいわけじゃないのよ?でも裏切られたのにあっさりそうですか、と許すわけにもいかないの。だからちょっとした意趣返しね」

「意趣返しで三年、というのは長すぎやせんかの?」

「それは、仕方ないとあきらめてもらうしかないわね。円満な離婚と結婚のためにはそれだけ時間がかかるのよ」

「離婚、前提なんか?」

「そりゃあそうでしょう。あんな風に切り出した以上、斎さんがわたしを見るわけがない。それは別にいいの。政略結婚だもの。でもだからこそ三年、なのよ」

「なんで三年?」


 俺の問いかけに対し、斎の妻は苦笑して、本当は教えたくないけどフェアではないわね、と言った。


「今回の結婚は嘉納にもメリットがあったけれど、当然、宮園にだってメリットがあったからこそ進められたわけ。それがいきなり嘉納が浮気しているから離婚します、なんて当然許されるわけがないわ。浮気なんて当たり前だしね。だから離婚するためにはきっちり根回しして禍根が残らないようにする必要があるわけ。しかもそれが嘉納だけじゃなくて宮園までやらなくちゃいけないから三年はかかるのよ。そのあと、柏木さんと斎さんが結婚するためにも根回しはいるし」


 人をね、憎み続けるのは大変なのよ。

 だから、憎まずに終われるのならばそのために行動するのは悪いことじゃないでしょう?


 と、斎の妻は綺麗に笑った。


 

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