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第8話

第8話


「ただいま〜」

 ミルは力なく玄関で靴を脱ぎ捨てた。

「おかえり、お姉ちゃん」

 吹き抜けになっている二階からミルの妹モアが首を出して姉の帰りを迎える。

「おかえりなさい、ミル。今日は一段と遅かったじゃないの」

「ごめんね、お母さん。村に来た冒険家さんを宿屋まで送り届けていたの」

「そうなの。変なことは吹き込まれたりしなかった?」

「え?」

 ミルは一瞬ギクリとした。

 もしかして、あの現場を見られていた?両親にだけは決して見られてはいけない会話を見られていた?

「ど、どうして?」

 ミルの両手にじんわりと脂汗が浮かんでくる。

「だって、宿屋に送り届けるだけならすぐに帰ってくるはずだから。もしかしたら何かあったのかなって心配していたのよ」

「そうだったんだ、ごめんなさい。でも、何も吹き込まれていないから大丈夫」

「…そう」

 ミルの母親はどこか疑いのまなざしを向けていたが、それ以上追及はしてこなかった。ミルは母親が去っていき、ようやくホッと胸をなでおろした。そして、やや駆け足で二階に上がると、妹の部屋を軽くノックした。

「なぁに、お姉ちゃん」

「ちょっと相談したいことがあるんだけどいい?」

「うん、別にいいよ」

 モアは姉を部屋に迎え入れると、誰にも聞こえないようにドアを閉めた。

「それで、相談ってなに?」

 モアに聞かれ、ミルはラスレンとの会話を全て話した。話を聞き終えたモアは「ふ〜ん」と意味深につぶやいた。

「それで、お姉ちゃんはその人についてアル兄のいる街へ行くの?」

「できれば行きたい…」

「お母さんたちにはどう説明するの?」

「それは…」

 ミルは答えられなかった。ミルの両親はとある時を境に冒険家を酷く嫌うようになった。娘が冒険家になると知ったら激怒どころではすまないだろう。自分のわがままのせいで家族が崩壊するのは耐えられないことだ。

「じゃあ、アル兄を諦める?」

「そんなこと、できないよ…」

「お姉ちゃん、それじゃ相談にならないよ。堂々巡りを繰り返すだけ」

「わかってる。だけど、今を逃すといつアル君に会えるかわからなくなる。手紙だと会えるのはまだ当分先みたいだし。下手したら一生会えなくなるかもしれない」

「まさか。アルス兄はここに帰ってくるよ。お姉ちゃんを放ったままにするわけないでしょ!あの時の『せいやくしょ』まだ持ってるんでしょ?」

「持ってるよ…」

「じゃあ、大丈夫でしょ。そんなに心配することないって…」

「………」

 結局、この日はモアに言いくるめられたミルはそれ以上何も言えなくなって妹の部屋を後にした。その後も、ミルが悩む度に時間は急速に進んでいった。

 ミルはずっと二つの領域の間を右往左往していた。このままここにいてもアルスは『せいやくしょ』を果たすために必ずミルを迎えに来るだろう。しかし、それはいつの日になるかわからない。明日かもしれないし一週間後かもしれない。もしかしたら十年後になるかもしれない。それでも、アルスは約束を守るためにここに帰ってくるだろう。一方、ラスレンと共にレスミールへ行けば、少々辛い日々が続くかもしれないが比較的すぐにアルスと会うことができる。それに、夢にまで見た五大魔法王国の一つを観光できるのだ。これほど嬉しいことはない。だが、その代償としてミルは家族を捨てなければならない。相談ができるものならしているだろうが、あいにくとそうもいかない。話そうものなら真っ先に反対されることは必至だろう。

 ミルは自室の窓からぼんやりと外を眺めていた。今、自分がこうしてぼんやり外を見ている間にアルスは何をしているのだろう。気になって仕方なかった。もしかしたらアルスはもうすぐそこまでミルに手を伸ばしているのかもしれない。ラスレンを使えば、アルスの手を取ることができる。しかし……

 気がつけば、ミルは宿屋に向かって歩いていた。おばさんに挨拶をして、二階の客室をノックする。

「どうぞ」

 優しい声が返ってくる。ドアを開けると、ラスレンが「やぁ」と快く迎え入れてくれた。

「今日が約束の三日目ですね」

「………」

「決心はできましたか?」

「………」

「前にも言ったとおり僕は冒険家です。こんな体でも貴方を守ることくらいはできますよ。レスミールへは必ず送り届けると約束します」

「………」

「僕は貴方の意思に重なり助力をするだけ。貴方がその意思を破棄するというのであれば、僕もいつもの旅に戻るだけです」

「「………」」

 宿屋の一室に永劫とも言える長い沈黙が訪れる。ミルはひたすらラスレンの淹れた紅茶に視線を落としたままで、ラスレンもまたそんな彼女を黙って見ていた。

「出発は……」

 ミルがつぐんでいた口を開いた。

「出発は今日の夜更けまで待ってもらえませんか。皆に気づかれたくないから」

「…わかりました。では、それまでに準備を整えておいてください」

「はい…」

 ミルは小さく頷き、ラスレンの部屋を後にした。

(これで、いいんだよね)

 ミルはふっと宿屋の窓を見上げた。まだ高い位置に太陽がある空の下では何羽もの鳥が楽しそうに戯れていた。


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