第6話
第6話
「なんでしょうか?」
ミルは尋ねてきた男を見上げた。身長は――180cmくらいだろうか――ミルよりもはるかに高く、結構首を傾けないと顔が見えない。
「宿屋の場所を教えてほしいのですが」
長身の男は土ぼこりにまみれていたり、ところどころ擦り傷や切り傷もあったりした体でそう聞いてきた。
「宿屋はこのまままっすぐ歩いて、別れ道を左に行ったらありますよ」
「ありがとうございます」
長身の男は丁寧に頭を下げた。
なんというか木がお辞儀をしているみたいに見えた。
「あの、もしかして冒険家さんですか?」
ケティット村に冒険家が来ることなどほとんど稀だったので、ミルは珍しそうに青年に尋ねたところ、青年は「そうですよ」とにっこり微笑んだ。
「この村に冒険家が来るのはとても珍しいようですね」
「ふえ、どうしてわかったんですか?」
「貴方のように可愛らしいお嬢さんの顔を見ればすぐにわかりますよ」
「か、可愛いだなんて…」
ミルは両手を頬に当てて恥ずかしそうにつぶやいた。そんなミルの様子を冒険家は楽しげに見つめていた。
「ここで会ったのも何かの縁です。自己紹介をしておきましょう。僕はラスレン・グレーヴェルです。見てのとおり冒険家です」
「私はミルハープ・エレウスです。この村の皆はミルって呼んでくれてます」
「では、僕もそのように呼んでもいいですかね?」
「もちろんですよ」
ミルはにっこりと微笑んだ。
ラスレンはミルの案内で五分もかからずに宿屋に到着した。
「はい、ここが宿屋です」
「ありがとうございます。こんなところにあったんだなぁ。村の中を一周しても見つからないわけだ」
「少しわき道のほうですからね」
実際はほとんどケティット村のはずれといってもよい。
「ミルさん、案内をしてくれてありがとう。おかげで野宿をせずに済んだよ」
「野宿ですかぁ。村の中で野宿も楽しそうだなぁ…」
「普通は野宿するときは村の外に出ますけどね…」
ラスレンはそう言って苦笑した。
(なかなか天然差を見せつけてくれる娘だ)
「それでは、僕は一旦荷物を置きに行きますね。ミルさん、機会があればまた会いましょう」
そう言って背中を向けたラスレンを、ミルは思わず呼び止めた。
「なんでしょう?」そう言ってラスレンはゆっくりと振り向く。
「あの、ラスレンさんはレスミールという街を知っていますか?」
「ええ、知っていますよ。ソグリアテス大陸にある魔法王国ですね」
「私、一流の魔法使いを目指しているんです。いまもこの村の隣街のノクターンで魔法の勉強をしています」
「ほう、一流の魔法使いですか。確かにレスミールは五大魔法王国の一国ですから、魔法の勉強にはうってつけでしょうね。しかし、レスミールにあるレアドナール魔法学校はハードルの高い魔法学校で有名です。ミルさんのいうノクターンの魔法学校がどのくらいのレベルかは知りませんが、並みの魔法学校程度のレベルでは到底試験には受からないでしょう」
「そ、そうなんですか…」
ミルは力なく首を垂れる。
「何か事情がおありのようですね。よければ話してもらえませんか?」
「実は――」
ミルはラスレンに全てを話した。
幼なじみのことや、彼の父親が言ったこと、魔法学校の出来事……
「なるほど、そういう事情でしたか」
「私、早く一流の魔法使いになりたいんです。そして、彼に会いたい」
「レスミールまでですか?いくら一流の魔法使いとてレスミールまで一人で旅をするのは少々心もとないと思いますが」
「それでも会いたいんです!彼は私にとって大きな支えだから……」
「………」
ラスレンはしばらく何かを考えるようにあごに手を当てた。そして、ミルにこう提案した。
「僕はネクシス大陸を北上する旅をしています。これは貴女の意思次第ですが、貴方にその気があるのなら僕が幼なじみのいるレスミールまでお供をしますよ」
「え?」
突然の誘いにミルは何を言われたのかわからなかった。
「冒険家になることは魔法使いとしての自分の力量を知るいいチャンスにもなります。まさに一石二鳥だと思いますが?」
ラスレンの提案に、ミルはすぐに返事を返せなかった。今現在までただの村娘である自分がいきなり村の外に旅に出るなんて――
すっかり考え込んでしまったミルにラスレンはゆっくりと背中を向けた。そして去り際にこう言った。
「二、三日はこの村に滞在することになるでしょう。その間に答えを聞かせてください」
ラスレンの言い方はとても優しいものだったが、ミルには重みのある言葉以外の何者でもなかった。