第4話
第4話
ケティットから馬車に乗って三十分ほど東に進むとノクターンという町がある。ミルはこの町のシュトレーン魔法学校に通う生徒で、成績はいつもクラス、学年どれも万年一位の好成績を収めていた。さらに自身の容姿・性格の良さも重なってシュトレーンの、いやノクターンのマドンナのような存在になっていた。
最も、のんびり屋のミルに自覚はない。
さらに特異なことに、彼女のような絵に描いた優等生といえば同姓や同じ秀才たちからの嫌がらせなどが目立つものだが、ミルハープに関してはそんなことは一切なかった。周りからどんなに賞賛を受けようが、彼女はそれにおごることなく常に努力を続けている。そのことを周りの人間は皆知っていたからだ。
「おはよう、ミル」
「おはようございます。エレウス先輩!」
「オーッス、ミル嬢!」
ミルハープが街を歩くと全員が彼女に振り返り、声をかける。そんな町人や学校の生徒たちにミルはいつも明るく返事を返すのだった。
シュトレーン魔法学校でのミルの一日はまず級友たちに挨拶をすることから始まる。
教室の扉を――女の子にしては――豪快に開け放ち、大きく胸いっぱいに息を吸い込む。
「おはようございます!」
この挨拶こそがミルのノクターンでの一日の始まりだ。
「おはようエレウスさん」
「おーっす、ミル」
「ハヨー」
教室のあちこちから挨拶が返ってくる。これこそが上述で述べたようにミルが優等生でありながらいじめをうけない理由の一つでもある。彼女は誰に対しても気さくな少女であった。ところで、ミルはここシュトレーン魔法学校の最上級生であと一年間この学校に通えば魔法学術の課程は一応終了したことになる。
(でも、本当にこれでいいのかな)
ミルは最上級生になってからそのことでよく悩んでいる。確かにシュトレーン魔法学校の中ではクラス・学年どれをとっても一番だが、自分以上の魔法の使い手を知らないために自分の扱う魔法にいまひとつ自信が持てないでいた。
(アルスは前に自分以上の剣士と試合をしてぼろぼろに負けたという手紙をくれた。やっぱり遠くに出ないと自分の実力ってわからないものなのかな…)
ミルは最近、よく図書室に行く。魔法についてもっと詳しいことを勉強するためだ。高等魔法と呼ばれるものがあれば、見よう見まねで使ってみようとするし――成
功は滅多にしないが――学校の授業ではあまり多くは語られない魔法の歴史について
も知ることができる。魔法に関する図書を読むと、必ず自分の知らない単語や記号が
出てくる。その意味を解読したり訳したりする時がミルの一番の幸せだったりする。
『……古代に魔法王国として栄えていた国には次の五つである。ミスリル・ラクチュアリ・ドーマ・レスミール・アリミエラ。これらの国々は…』
(あれ、このレスミールってアルスが通っている剣の学校があるところじゃ…?)
「ほう、古代の五大王国ですか」
椅子に座っているミルの背中に渋いバリトンが伝わってきた。
図書室長のグレバートだった。
「グレバート先生」
「世界中に魔法王国と呼ばれる国はいくつもありますが、その中でも古代から現代に至るまでずっと影響力の衰えない国々がこの五つです」
「先生、このレスミールという国はどういう国なのですか?」
「レスミールは五大王国の中では一番歴史は浅い国ですが、魔法・武術のどちらにも長けている国ですね。国の象徴としてレスミンという花が街中に咲いていてとても綺麗な街だと聞きます」
「魔法にも武術にも長けている国…」
「やめておきなさい、ミル」
グレバート室長はため息をつきながらつぶやいた。
「いかに貴方がこの学校位置の成績優秀者であり、この学校の図書をすべて熟読していてもレスミールの魔法学校に行くことは不可能でしょう」
「え?」
ミルは自分の考えていることを先に言われ、しかも駄目だしまでされてしまい顔を曇らせた。
「残念ながらシュトレーン校のレベルでははるか及びません。レスミールの学校をうけたいのであれば、まず魔法使いとして熟練しているレスミール出身の者に話を聞くべきでしょう」
「………」
「幼なじみを追いたくて焦る気持ちはわかります。私もどうにかしてあげたいのですが、残念ながら私は魔法使いとしての力量はほとんどない。貴方にこうして注意を促してあげることしかできないなんて情けない限りですよ」
「そんなことないです。グレバート先生の忠告がなければ私は無謀にもレスミールに行くつもりでした。彼に会うためなら…」
ミルの脳裏にアルスの姿が浮かぶ。
(もう十年になるんだよね。早く会いたいよ…)
午後も中ほどを過ぎ、シュトレーン魔法学校の一日が終わる。生徒たちは部活に行く者・帰宅する者に分かれ、それぞれの行くべき場所へと散っていく。
部活に入っていないミルは寄り道をせずに馬車の停留所で場所を待つ。そして、再び三十分ほどかけてケティットの村へと帰っていく。そしてまた、特に寄り道もせずに家まで帰るのだが、今日は違った。
「あのぉ、すみません」
ミルは突然声をかけられた。
この出会いこそが彼女の運命を左右することになるとは、ミルはまだ微塵も気づいていなかった。