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第3話

第3話


「ふぅ、これでよしっと」

 アルスはペンを置くと、窓を開けて口笛を吹いた。これでいつもなら彼がここに来るはずだが――

「エスパールが怯えてこなくなったらあいつのせいだからな…」

 アルスは『あいつ』のいない部屋で一人ぼやく。

 バサバサ。

 鳥が羽ばたく音が聞こえた。アルスが幼い頃聞いたあの羽音に間違いがなければやってきくるのは彼のはずである。

「エスパール」

 アルスがあらかじめ出していた右腕にポンっと止まったのは白くて少し体が大きめの鳩だった。エスパールは優しい目をしながら喉を鳴らしている。

「昼間はごめんな。あれでも一応俺の友達なんだよ。だから勘弁してやってくれな」

 エスパールは何も言わず、首をきょとんと傾げているだけだった。夕方のことはもう気にしていないらしい。

「いつものように、ミルへの手紙を頼みたい」

 アルスはそう言うと、街の百均で買った手紙用の小さな筒に今書いた手紙を丁寧に巻いて、その中に入れた。

「たっだいま〜!」

 あまりの馬鹿でかい声にアルスはまたエスパールが逃げ出さないように瞬時に窓を閉めた。幸い、エスパールは何とかあの奇声に耐えていたようだ。

「あれ、アルスはまだ部屋にいたのか。手紙、書けたのか?」

 ああ、とアルスは頷く。

「お前も早く風呂に入ってこいよ。気持ちいいぜ」

 ゲイルの体からはまだほんのりと湯気が出ていて、ツンツンとした髪型がいつも以上にツンツンとしていた。これはもう鋭利な刃物の粋だ。そういえば、ここより東の忍者学校で水をかけてついた癖っ毛を武器にした学生がいた話を聞いたことがあった。

(あれとどっこいだな)

「お前、今とてつもなく変なこと考えていたろ?」

 鋭い……。ゲイルは男のくせに結構人の考えに鋭いところがあった。

「この頭で串刺しにされたくなかったら早くお前も風呂に入ってこい」

「それは拒否する」

「Why?」

「なんでって、俺が風呂に行っている間にエスパールから手紙をふんだくって読みそうだから」

「う、なんでわかった?」

「何年お前と友達(ダチ)をやっていると思うんだ。今年でもう二桁だぞ。二桁の大台だぞ?」

「体重みたいにいうなよ…」

「というわけで俺はお前が手紙を絶対に見ない、エスパールにちょっかいを出さないという二点を守ると誓わない限り風呂にはいかん!」

「おれはおまえがふろにはいっているあいだにてがみはぜったいにみないし、えすぱーるにもちょっかいをだしません」

「棒読み丸わかりだ」

 アルスが指摘をすると、ゲイルはしぶとい奴目と言わんばかりに彼をにらみつけた。

「宣誓!某は貴殿が重湯にお浸かりになっている間にお手紙を拝見することはせず、また貴殿の親友のエスパール殿にも悪戯はいたしませぬ!」

「古風な言い方だから信用できない。却下!」

「…お前、完全に俺で遊んでいるだろ?」

「そんなことはない。お前が……あっ!」

 しまったと思ったときにはもう遅かった。ゲイルはまだ机の上に置きっぱなしにしてあった手紙を素早くひったくっていた。

「作戦成功。名づけて『俺が下手に出ていれば…作戦だ』!」

「作戦名、まんまじゃないかよ…」

 アルスは悔しそうにつぶやいた。

「え〜っと、何々…」

 ゲイルは数秒間、アルスの書いた手紙にじっと目を通すが、やがて、あきれたようにため息をつく。

「お前これ、近況報告を書いているだけじゃねぇか」

 友人の一言に今度はアルスがため息をついた。

「だから嫌だったんだよ。お前に手紙を見せるの」

「確かに去年までは、否、去年までもこんな手紙では駄目だと俺は何度も指摘してきただろうが!」

「もっと愛だのLOVEだの書け!っていうお前の台詞も聞き飽きたぞ」

「うぐっ!」

「大体、何年も俺とあいつはそんな関係じゃないって言っているだろうが。あいつだって、きっとそう思っている」

「わからないぞ。お前、彼女に面と向かって聞いたのかそれ?」

 聞いていないけど、とアルスは気弱に俯く。

「お前ももう十六だろ?そろそろ女の気持ちも考えてやってだな…」

「エスパール、これを頼む」

 エスパールは小さな筒をしっかり両足で掴むと、窓の外へとそのまま飛んでいった。

「あ、てめぇまだ話は終わってないぞ!」

「お前の話に付き合っていたらエスパールが寝てしまう」

「鳥のことなんか知るか!」

「じゃ、俺は風呂に行ってくるから」

 アルスはそそくさと入浴の準備を済ませると、さっさと部屋を出て行った。扉の向こうからゲイルの声で「覚えてやがれー!」と聞こえてくるが気にしない。

 そう、気にする必要など何一つないんだ。子供の頃にした約束なんてとっくに時効だかなんだかで忘れられているに違いないんだ。


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