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第19話

 緑鮮やかな綺麗な森。木々の隙間から見える太陽は木の葉を受けて一層神秘的な色合いを秘めている。

 小鳥のさえずりがあちこちから聞こえてきて森に入る者の気持ちを安らぎへと導く。

ミルたちはそんなネクシス大陸で最も大きな森に入っていた。ただ、これだけ神秘的な森なのに名前が『深い森』なのには訳があった。森に入ったら最後、入った者は一生太陽の下に出ることができないという不気味な森なのだ。そして、一行も例外なく森の悪戯によって森の中をさまよい続けていた。

 最初は森の神秘に心躍らせ、ついでに視線も躍らせていたミルとモアも一週間この森の中を歩いているせいか、そんな気力は完全に失せていた。

「ラスレンさん、これ…」

 ミルが見つけたのは木につけられたナイフの傷跡。木には既に三つほど傷が横に軽く刻まれていた。

「また同じところのようですね」

 今回ばかりはラスレンも微笑を忘れて険しい表情で木につけられた傷をため息を吐きながら見つめる。

「何なのこれぇ!何でおんなじところをぐるぐる回ってばかりなのぉ!?」

 まだ歩き始めて間もないというのにモアのつかれは最骨頂に達していた。それだけ精神的疲労のほうが大きいのだ。

「最初、この森の情報を聞いたときは単に森の規模のことかと思っていましたが、どうやらそれだけではなかったようですね。この罠こそがこの森が『深い森』と呼ばれる最大の理由……」

「つまり謎を解かないと出られないということですか?」

「おそらくはそうでしょう。しかし、謎を解こうにもこう木々に阻まれてはどこに仕掛けがあるのかもわかりません」

「そんな、あたしここで死にたくないよ!」

 モアが目に涙を溜めながら叫ぶ。そんな彼女を見ているとなぜだかミルまで涙が頬を伝っていく。アルスの笑った顔、怒った顔が次々と頭の中に浮かんでくる。

「森さん、聞いてください!私たちはただ、ソグリアテス大陸にいる幼なじみに会いに行くためにここを通り抜けようとしただけなんです!何も悪いことをしようなんて思ってません!だから、早くここから出してください!」

 気がついたらミルは物言わぬ森に対してそう叫んでいた。なんと気の触れた行為だろうと思うだろう。しかし、人間というのは追い詰められると自然にすら命乞いを始めようと考えるのだ。

 ミルが大声を張り上げたことで森を住処にしている小鳥たちが一斉に騒ぎ始める。

「な、なに!?」

 モアもハッと顔を上げる。小鳥達のざわめきはやがて、一人の幽霊を呼び出してしまっていた。

 足のないその存在にラスレンすらも言葉を忘れて呆然とその場に立ち尽くすだけだった。

『貴方の言葉、それは本当なのかしら?』

 美しい女性の姿をした幽霊はまるでミルたちの心に話しかけてくるようだった。

『答えて…』

「は、はい。私たちはレスミールにいる幼なじみに会いに行きたいだけなんです!」

『………』

 幽霊の女性はしばらくそのまま三人の前に立ち尽くしていたが、やがてふっと閉じていた瞳を開いた。

『貴方の幼なじみが見えたわ。どうやら本当のようね』

 そして幽霊はすまなさそうに「ごめんなさい」と頭を下げた。

『この森は冒険家たちの間でも噂になっているからもう誰も来ないと思っていたの。そしたら貴方たちが入ってきたから。皆を守るためにこうして貴方たちの体力を奪っていこうと思ったのよ』

「皆を守る?」

 聞き返したミルに幽霊は小さく頷いた。

『私も昔は冒険家だったんだけど、この森で命を落としてね。幽霊になって行き場のなかった私をこの森の動物達が拾ってくれて一緒に暮らしていたの。以来、そのお礼として彼らを守ろうとこの森に結界を張ったの』

「それが、入った者を迷わせる罠だったんですね?」

 ラスレンの言葉に幽霊は小さく頷いた。

「幽霊さんはそれほどこの森に感謝しているんだ」

 幽霊は微笑を浮かべながら小さく頷いた。

「でも、ここで死んだんでしょ?この森が憎いって思わなかったの?」

『ううん。貴方たちも冒険家ならわかると思うけど、死は自分の油断から招くもの。この森で私が死んだのは私に力がなかったから。自分の慢心と油断のせいだもの。この森は何も悪くない。なのに、この森は私を救ってくれた。これでどうして憎いなんて言える?』

「…貴方は強い人ですね。わかっていてもなかなかそうは思えないものですよ?」

『ありがとう。さぁ、森の結界を解除したわ。このまま真っ直ぐ行くとこの森を出られるわ』

「ありがとう、幽霊さん!」

『早く幼なじみに会えるといいわね』

「うん!」

 ミルは大きく頷いた。




 森を出た三人はダーウェンに向かう道を歩いていた。

「何か変な体験だったね」

「うん。でも、とってもいい人だったよ」

「彼女にとって、あの森はとても居心地のよい場所なのでしょうね」

 三人はもう一度、後ろ降り返った。森は夕方の太陽の光を浴びて鮮やかなオレンジ色に染まっていた。

「また来たいね」

 寂しそうにつぶやくミルにラスレンの手がそっと彼女の肩の上に乗せられた。


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