第17話
ミルたちは今、切り立った崖の上に立つ大きな屋敷の前に立っていた。
「村の人が言っていた研究施設ってここなのかな?」
ミルは改めて崖の上に立つ屋敷を見上げた。外観は真下から浴びせられる塩を乗せた風にやられてすっかり寂れてしまい、屋敷の上のほうからはどこから生えてきたのか植物のつたも伸びている。
「間違いないでしょう。ここまでぼろぼろとは聞いていませんでしたが…」
「お化け屋敷みたいだね。ドキドキするなぁ」
「私はお化け屋敷はちょっと…」
アビで屋敷の情報を聞いたときはミルのほうが楽しげにしていたのだが、いざその屋敷を目の当たりにしてすっかり気持ちが姉妹で逆転してしまったようだ。
「出るか出ないかは置いといて入ってみましょうか。これだけ大きな屋敷なら魔法に関する書物の一冊くらいあるでしょう」
ラスレンに言われ、ミルはため息をつきながらモアは顔をほころばせながら屋敷の重い門を開けて中へと進んでいった。
厳しい土地に立つ研究屋敷は内観もこれでもかというくらいにぼろぼろに朽ち果てていた。屋敷全体を覆っている薄い霧に木でできた床は完全に腐り今にも床が抜けそうなくらいに柔らかい。所々穴が開いているのもきっとミルたち以前にここを訪れた冒険家たちが作ったものだろう。これでは研究屋敷というよりは本当にゴーストハウスと言ったほうが懸命なこの屋敷だが、見つけた書斎には数多くの種類の魔法所が無造作に並べられていた。
「すごい。古代魔法王国が全盛期の頃を記した本に、古代魔術の全貌、現代魔術の習得なんて本まである」
この部屋を見つけるまでは常に恐怖を顔に表していたミルだったが、書斎に入った途端、本にすがりつくように棚を散策し始めた。さらにラスレンまでもが興味のある本を見つけたのかすっかり釘付けにされていた。
そんなに面白いのかと本のページを一ページめくってみると、モアには理解しがたい単語、文章、内容の三拍子がすぐにモアの読む気を消失させた。
「お姉ちゃんもラスレンもよくこんな字ばかりの本に夢中になれるなぁ…」
ケティットにいた頃は学校にいる時間も含めてその大半を外で過ごしていたモアにはやはり読書の良さはよくわからないようだった。
(少しでも知識を多く仕入れてレスミールの魔法学校に入学しなくちゃ。そして……)
ミルには夢があった。彼女はこの旅を志願した当時からレスミールを訪れてアルスに会うことだけを目的にしてはいなかった。いつの日か、約束を果たすために一流魔法王国の魔術に触れて、アルスをサポートする魔導師になると。その為にはシュトレーン魔法学校だけの知識ではまったくもって足りない。得られるだけの知識を今ここで吸収して少しでも試験の結果に貢献させなければならないのだ。
数時間が経過してもミルは一向に休む気配がなかった。ラスレンも流石に読み疲れたのか目の辺りを指で押さえながら休憩をしている。
「今日はここに泊まりですかね」
ラスレンの一言にモアがあからさまに嫌そうな顔をした。
「まぁまぁ、そんな顔をせずに。おそらく彼女には彼女なりの目的があるのでしょう」
「アル兄に会いにいくだけじゃないの?」
「さぁ、どうでしょう」
ラスレンは意味深な笑みを浮かべると、席を立った。
「さぁ、我々は夕飯の準備でもしておきましょう。まずは台所を探さなくてはね」
「はぁ〜い…」
モアはげんなりとした表情でラスレンの後をのろのろとついていった。