第15話
港町エクリールはネクシス大陸の食の玄関口と言われている大きな市場のある港町で、ここに着船する船は全てが各大陸から運ばれてくる食料貨物用の船ばかりである。では、どうしてそんな港町に立ち寄ったのかというと、荷物運搬のついでに船に乗せてもらおうというラスレンの試みなのであった。モールで得た情報によると、旅客船のないエクリールにとってはこれが普通のことなのだとか。旅人たちも多く利用しているので冒険家だからという理由で毛嫌いはされないとのことだ。今日中に船に乗ることができれば、船の中が宿代わりともなるため宿代も浮くと一石二鳥な訳だ。
まずは軽く鮮魚店兼レストランでエクリールのシーフードを堪能した後、一行は船が停着している港へと向かう。
昼を過ぎ、ちょうど漁師たちは午後からの漁に出るところだったため、残っているのは各大陸から集められた食べ物を乗せた船ばかりだ。この中からどの船を選ぶかも旅人の目の見せ所である。船頭や船員の対応や金銭面の交渉のしやすさ、船の速度等がこういった場合の船を選ぶ条件である。
ラスレンは相変わらず穏やかな表情だが、その目は真剣に港に止まっている船と、その乗組員たちの動作や態度に注目していた。ミルとモアはそんなラスレンに続いて特に何も考えずに歩いている。まさかこれも冒険家にとっては重要な仕事であるなんてことには微塵も気づいていないだろう。
「この船にしましょう」
ラスレンは港を何度も行き来してようやく一隻の船を指差した。船の大きさは貨物用というだけあってそこそこの大きさがあり、割とスペースもありそうである。
「すみません、ちょっといいですか?」
ラスレンは船の側で休憩している船頭らしき男に話しかけた。そして簡単に世間話をする。この時の船頭の対応はとても重要だ。幸い、船乗りらしいあっさりと気持ちがよく豪快な船頭だったのでラスレンはここで本題を切り出す。しかし……
「そいつはできない相談だなぁ…」
船頭は気まずそうに後ろ頭を掻く。
「最近、この近辺で海賊がはびこっているらしくてな。俺たちも急遽予定を変更してネクシスの東側から回ってきたんだよ」
「ここから東側を回っていきますとどのくらいでソグリアテス大陸に着きますか?」
「そうさなぁ、だいたい三ヶ月はかかるかな」
「さ、三ヶ月!?」
船頭の言葉にミルが悲鳴を上げた。
「ずいぶん可愛い娘と旅をしているんだなぁ旦那は」
鼻の下を伸ばしたように船頭が顔の筋肉を緩ませた。ラスレンはそんな船頭に苦笑を見せながら後ろに立っているミルに理由を尋ねた。
「せめて二ヶ月後にはレスミールに着きたいんです。彼の誕生日に、間に合わせたいから…」
ミルは頬を赤く染めながら小さな声でつぶやいた。
「いやぁ、熱いねぇ。恋人を求めての旅か。旦那、こんな可愛い女の子なのに残念だったな」
「まったくですよ。僕も決して悪くないほうだと思いますがねぇ…」
ラスレンが穏やかに笑いながらそう言うと、船頭も「俺も」と硬い筋肉をミルとモアに見せつけた。
結局どの船を回っても最初の船頭と同じ海賊の話題が上がり、海路を使っての旅はもろくも崩れ去ってしまった。
「仕方ありませんね。今夜はどこかで宿をとり、明日からまた頑張って歩きましょう」
「はい」
「あ〜あ、せっかく楽ができると思ったのになぁ」
船を使っての旅に相当な憧れを持っていたモアは心底残念そうに、宿屋につくまでラスレンにずっと愚痴っていた。しかしそれも食堂で新鮮な刺身を食べるまでのほんの数十分の間だけだったが。