第14話
アルスはいつものように練習場で一人、稽古に励んでいた。
「せやっ!でぇい!」
木で作られた的はアルスの剣による連続攻撃で意図も簡単にバラバラになって崩れ落ちた。 またやっちまった、と心の中で思った瞬間にはもう遅かった。アルスは今月で三度目なのだ。
(まぁ、材料はレアドマンドの森に採りに行けばいいから慣れたものだけど…)
いちいち教師のところに行って器材を壊したことを報告に行くのが億劫なのだ。熊は器材を壊したことに関しては馬鹿笑いで対処してくれるからありがたいのだが、一人やっかいな人物がいる。そいつに会うのがたまらなく嫌なのだ。
今、アルスの足元に落ちている的もアルスがここに来たばかりの頃は強大な敵だった。練習用の剣でいくら一撃を入れても木の丈夫さに負けて自分が吹き飛んでしまって何度も泣きを見た。しかし、それが今は木の丈夫さを乗り越えて簡単に斬ることができるようになっている。
(このくらいの力があれば、ミルを守ってやることくらいできるだろうか…)
アルスはふと自分の右手に視線を落とす。毎日剣を握っていると、慣れた今でも血豆くらいは当たり前にできる。しかし、その痛みにももう慣れたものだった。
(親父はどのくらい強かったんだろう)
幼い頃にすぐレスミルスに剣の修行に出されたアルスには父親の強さを実証する記憶がそんなになかった。ここに来る前も週に何度かは父親と剣の勝負も怒気のようなことをしていたことは覚えているのだが。
バサバサバサ。
「!?」
太陽を背にして一羽の鳥がアルスの肩にゆっくりと着地する。
「エスパールじゃないか。こんな朝早くに来るなんて初めてじゃないか?」
エスパールは喉を鳴らしながら自分の足元に視線を落とす。いつものように手紙の入った筒が握られている。
「今回はやけに早いな…」
前回、ミルへの返事を出してからまだ二週間ほどしか経っていなかった。最初の頃はほぼ一週間おきに届いたミルの手紙に対して、剣の修行の防げになるからとアルスが一ヶ月に一回にしてくれと要求したことがあった。
(もしかして村の誰かに何かあったのか?)
アルスは緊張した面持ちで筒を開き、中の手紙を読む。
『アル君へ。
驚かずに読んでください。今、私はラスレンさんという人と一緒にレスミールに向けて旅をしています』
(ふ〜ん、あのミルが旅ねぇ…)
「なにぃー!?」
アルスは思わず手紙に顔を近づけて今読んだ部分を繰り返した。
「レスミールに来るのか?しかもラスレンって誰だ?俺の知らない間にまさか…」
変な妄想が浮かんでくる。アルスはそうでないことを信じて、手紙の続きを読む。
『あ、誤解しないでね。ラスレンさんはたまたまケティットに訪れた旅人さんで私が無理矢理ついていっただけだから。それにモアちゃんも一緒だよ』
最初の一文でホッと安心はしたものの――
「モアも一緒かよ…」
安堵のため息と落胆のため息が同時に吐き出された。
(しかし、なぜモアまで)
どういう心境の変化だろう、確かにモアは外で遊ぶのが大好きな女の子ではあったが――シグはさらに続きを読む。
『今、私たちはエクリールというネクシス大陸の食の玄関口と呼ばれる港町にいます。エスパールがアル君に手紙を届ける頃には私たちはどこにいるんだろうね。とっても気になります。アル君に会うまでに、私はどのくらい成長できるのかなぁ。楽しみに待っててね』
手紙を読み終えたアルスはしばらく放心状態になっていた。このまま心が外に放たれたまま昇天してしまいそうだった。
「なんか、今年はとんでもない年になりそうだよ、エスパール…」
苦笑しながらつぶやくアルスにエスパールは頑張れと言わんばかりにコロコロと喉を鳴らした。