第13話
モール山を下山したミル一行はネクシス大陸の食の玄関口と言われているエクリールの港町を目指して今日もひたすら、時には魔物と戦いながら歩いていた。
「そういえば…」
ふと思い出したようにミルがつぶやいたのはちょうど小川の流れる木陰で休憩をしていたときのことだった。
「どうしたのお姉ちゃん?」
簡易食のクラッカーを食べながらモアが聞き返す。
「エスパール、私たちが村にいなくなっててどうしてるかな…」
「あ、そういえば忘れてたね」
モアもしまったと言わんばかりに口を押さえる。
「きっといつものようにアル君からの手紙を持って帰ってきてくれてるはずなのに肝心の私がいなくて戸惑っているかも…」
「困ったねぇ。ここから呼んでみるわけにも行かないし…」
ミルとモアの会話を聞いていたのかラスレンが微笑しながら「やってみてはどうですか?」とモアの意見を後押しする。
「鳥の耳は案外良いですから山一つ越えたくらいの距離なら聞こえるかもしれませんよ?」
「ほんとにぃ、ラスレンさん?」
モアが疑いの眼差しをラスレンに向ける。
「ほんとですよ」と少し慌てるラスレン。
「よぉ〜し、やってみるよ」
ミルはモール山のほうを向いて息を大きく吸い込んで山を越えるくらいの勢いで口笛を吹いた。いつもは優しい音色なのだが、大きさに比重を置いたためか今日のは少し音がつぶれてしまった。しかし、エスパールならこのくらいの音のずれはものともせずやってきてくれた。ケティット村にいた時は、の話だが。
口笛がモール山にコダマしているのは遠耳に聞こえたが、果たしてケティットまで届いているのだろうか。ミルとモアは期待十分に山の向こうの空を眺めていた。しかし、十分くらい経っても鳥のシルエットすら見えなかった。エスパールは小鳥だからこんなに遠くてはシルエットなど見えるはずもないのだが。
「来ませんね…」
「やっぱり遠すぎるんだよ」
「………」
既に諦め越しのモアに対してミルは最後まで強情だった。エスパールはきっと来てくれる。ミルの中の何かがはっきりそう言っていた。そして、さらに十分が経過した。
このままずっと止まっているわけにも行かないのでラスレンが先に進もうと提案を下した。それまでは頑張って友が来るのを待っていたミルもようやく諦めがついたのか小さく頷いた。そうして再びエクリールへの道を歩いていると、急に誰かに肩をつかまれたような感触に苛まれた。
「エスパール!?」
ミルの肩にはすっかり疲労しきったエスパールが力なく立っていた。
「この鳥がそうなのですか?」
ラスレンが今にもミルの肩から落ちそうなエスパールをそっと両手の中に寝かせる。両足にはいつもアルスに渡している手紙の入った筒がしっかりと握られていた。
ミルは彼の足からそっと手紙の入った筒を受け取ると、中身を確認した。
(アル君の字だ…)
何日ぶりに見る幼なじみの手紙に、ミルの目から小さな雨粒が落ちた。自分でもどうしてないたのかわからなかった。
手紙の内容に目を通してみる。
『ミル、それからモアも元気にしているか?俺はいつものように剣術に励む日常だけど、病気もしないで元気でいるよ。ミルは魔法学校のほうはどう?いつか、ミルのお父さんが許してくれたらモアも入れて三人で冒険がしてみたいな』
「冒険……」
「お姉ちゃん?」
「え?なんでもないよ。そうだ、返事を書かなきゃ」
「慌ててはいけませんよ。エクリールで宿屋に着いたら書きなさい」
「それから、筒の中にまだ手紙が入ってたよ」
モアが筒から取り出した手紙を渡す。ミルはてっきりアルスの手紙の二枚目かと思ったが、その内容は――
「うわぁ、お父さんカンカンだ…」
ミルの表情がたちまち恐怖に変わる。モアもミルから手紙を渡されてからすぐに顔を真っ青にして震えていた。
「この怒り方は今までにないかも…」
「うん……」
真っ青な表情で固まる二人に、ラスレンはすぐに二枚目の手紙が誰からのものなのかを察した。
「でもさぁ…」
何か言葉をかけようとしていたラスレンのよそにモアが微笑した。同じようにミルも先ほどまでの恐怖はどこへやらといった感じに笑っている。
「うん、そうだよね」
「はい?」
何が何だかわからないラスレンはどうしてこの二人が笑っているのか不思議でしょうがない。やけになって壊れたというわけでは毛頭ない。
「お父さんのバーカ。悔しかったらここまでおいでー」
「外には魔物がいっぱいいるけど追いつけるかなぁ〜?」
二人は笑いながら手紙に向かって父親を小馬鹿にしたようなことを言っている。
(この分なら心配はないですね)
父親の手紙に向かって暴言を吐きまくる姉妹を見て、ラスレンは後の始末が想像もつかないことになりそうだと苦い思いながらも、なぜか笑みが絶えなかった。