第12話
第12話
「山越えですか?」
「ということになりますね」
ラスレンはミルとモアにも地図が見えるように地面に広げて見せた。
「現在いるところがここ、モールです。ここから西に進むとモール山というのがあります。そんなに険しい山ではないので越えるのはさほど難しくないかと思います」
ラスレンは指で滑らかに今後の進路をたどっていく。
「ねぇねぇラスレンさん、こっちのほうにも道はあるみたいだよ。何かこっちのほうが楽そうな感じがするなぁ」
モアがラスレンの指しているところとは違うところを指で叩いた。地図上には暗闇の祠と記されている。確かに冒険慣れしていない彼女たちのことを考えると、暗いとはいえ平坦な道の続く洞窟のほうがいいかもしれない。
「残念ですがモアさん、この洞窟は先日落盤事故が起きたそうで現在は通行できないそうなのですよ」
「え〜、そんなぁ…」
先ほどまでのモアの嬉しそうな表情はあっという間に愕然としたものに早代わりをした。それをなだめるようにラスレンが「山も悪くないですよ」と慰めなのか、取り方によってはいじめのようなことを言う。
「ここからはもう後戻りのできない旅になります。今一度確認しますが、決意は揺らぎませんか?」
ラスレンの問いに姉妹は顔を見合わせて、そして何かを確かめるように小さく頷いた。
「もっちろん!」
「よろしくお願いします、ラスレンさん」
モアは元気よく右手でピースを作り、ミルは丁寧にラスレンに向かって頭を下げた。
「どうやら決意は固いようですね。では、お二人にはこれをプレゼントしましょう」
ラスレンは優しく微笑むと、袋の中から一本の杖とトンファーを出した。
「僕からの餞別です。同じ同業者としてね」
ミルは杖を手に取り、軽く構えてみる。
「知っているとは思いますが、杖には魔法の力を高める効果があります。ミルさんへの武器はどれがいいか悩みましたが、弓矢や短剣といったものよりは扱い易く戦いの防げにもならないでしょう」
「ありがとうございます」
「それでは出発しましょう。今晩中にはモール山の麓くらいまでには着いておきたいですからね」
モール山はモールの町から西に位置する山で、標高はそれほど高くなく初心者でも簡単に登れるくらい山というには少々お粗末な山だ。しかし、まだ冒険家に成りたての二人にとっては長旅の訓練としてちょうどよいだろう。一日平原を歩き渡る時間を挟んで三人はモール山の麓にたどり着いた。
「さぁ、いよいよ本番ですよ」
やる気満々のラスレンをよそに、ミルとモアは口をぽかんと開けながら麓から頂上を見上げていた。
「あの、ラスレンさん…」
「なんでしょう?」
ラスレンは至って平然とした顔をしている。確かに冒険家として年数を積んだラスレンには山登りというよりは丘歩きといえるのだろう。が、どう見てもミルの表情からは疑惑のまなざしが飛んでいた。
「このくらいの大きさの山なら普通どこにでもあるよぉ。こんな山に登るのぉ!?」
ミルよりも先にモアが文句の悲鳴を口にした。
標高が他の山ほど高くないのは事実のようだが、どう見たって外見は普通の山だ。
「冒険家をしているとお二人の言う普通の山は普通ではなくなります。むしろ、物足りないくらいですよ。僕はそれほど体力があるわけじゃないですが、このくらいの山は平気で登りますよ?」
「モアちゃん、頑張ろう」
仕方ないと言わんばかりの顔でミルはモアをなだめた。文句を言ったところで山道は優しくならないのだ。
「モール山は旅の行商人も通る山。そのため山道の整備はきちんとなされているようですから以外に楽な道のりですよ。まぁ、実際に上って見ましょう。レッツチャレンジです」
「そうですね」
「はぁ、ゆーうつ…」
ミルは苦笑しながら、モアはため息をつきながらしぶしぶ足を動かしてモール山道を登り始めた。
ラスレンが言ったとおり、山道を登るのはそれほど苦ではなかった。緩やかな道や、休憩地帯などの配備もされており、初めはブーイングを撒き散らしていたミルとモアの表情にも徐々に余裕が出てきた。時折聞こえる巨鳥の鳴き声と羽ばたく音にはまだビクッと肩を震わせるときはあるが。
朝から山を登り始めた三人は昼を過ぎた頃には無事にモール山を下山する道に入り、次の町へと向かう道をのんびりと、時には急ぎ足で歩いていくのだった。