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第10話

第10話


「それでは、今日はこの辺りで野宿にしましょう」

 ラスレンは軽く両手を叩いて微笑んだ。彼のその一言に今まで無言で歩いていたミルとモアの表情がホッと和らいだ。

「では、これから野営の準備の説明をしますのでよぉ〜く聞いておいてくださいね」

 ただでさえ、遠出に慣れていない二人にとってラスレンのこの一言は彼女たちを地獄に叩き落とすも同然だった。

「野宿って、ただ草の上に寝るだけじゃないの〜?」

 普段は村の中を駆け回って元気いっぱいのモアも慣れぬ遠出にラスレンに文句を垂れる。

「まさか!そんなことをしたらたちまち夜行型の魔物に襲われてしまいます」

「でも、ここで寝るんですよね?」

 ミルが草の上にしゃがみこみながらつぶやくと、ラスレンはにっこりと微笑んだまま袋の中から三つセットの球体を取り出した。

「そこで活躍するのがこの結界球です。この三つの球で自分たちの休む部分を囲んでやると、魔物はそこから中には入ってこれない…という仕組みです」

 なにやら胡散臭そうな説明だったが、ラスレンによれば、これはどの冒険家も常套の装備らしいのでおそらく嘘はないだろう。

 早速この三つの球体を自分たちが休む場所を囲むようにして配置する。

「この時の注意点ですが、結界球はなるべく広めに配置することです。理由は二点あって、一点目は単純に寝るスペースを大きく確保したり、集いの場を広くしたりするため。もう一点は……まぁ、今日起こるかはわかりませんが実際に遭ってからのほうが説明しやすいですね」

「「??」」

 ミルとモアは揃って首を捻ったが、この際寝られれば文句はなかった。

「次はテントの設営ですね。これは簡単です。この簡易テントにこの空気ポンプで空気を送り込むだけです」

 ラスレンはそう言って空気ポンプを二、三回足で踏み込んだ。すると、たったそれだけの動作で今までただのつぶれた布切れだったものが小さな一つの家として完成した。

「すごいすごーい!」

 モアは眠いのを忘れて目を丸くしてテントが膨らむ様子を見ていた。

「後はこの中に入って寝袋を敷くだけです」

「わぁ〜い!早く休もうよ。もうクタクタ…」

「そうですね。次の日のために体を休めておくことも冒険家の心得の一つです」

 ラスレンはそう言って荷物の上にくくりつけてあった寝袋を二つ、ミルとモアに渡した。

「あれ?ラスレンさんの分は?」

 ミルが問うと、ラスレンは苦笑して言った。

「実は、旅に同行するのはミルさんだけだと思っていたので二つしか寝袋はないんですよ。と言うわけでお二人のどちらかには僕の寝袋を使ってもらうことになります」

 ラスレンはその後に「もちろん、ちゃんと消臭してますから大丈夫ですよ」と笑顔で告げた。

 ラスレンにそう言われて、二人の動きがピタリと止まった。ラスレンの分の寝袋を奪っておいて気持ちよく眠ることなんてできないだろう。ラスレンもそんな雰囲気を感じ取ったのか「大丈夫ですよ」と微笑んだ。

 彼が袋から取り出したのは薄手の毛布だった。

「今夜、僕はこれに包まって寝ますから。安心してお休みなさい。さっきも言ったとおり次の日に支障が出ないようによく休んでおくことも冒険家の大事な仕事です」

 二人は結局ラスレンの笑顔に負けて、テントの中で寝袋に包まって休むことになった。歩きつかれたのか、少女たちはテントに入って間もなく可愛らしい寝息を立てて眠っていた。その様子を微笑ましげに見つめながら、ラスレンはある計画を実行するのであった。

「起きてください!!」

 ラスレンの大声に、ミルとモアは眠そうながらも身を起こした。

「なぁ〜に?」

「どうしたんですか?」

 眠そうに尋ねるミルとモアにラスレンは申し訳なさそうな顔で「やられました…」と一言だけつぶやいた。

「グルァ!」

「くぅ!」

 ラスレンは長い棒のようなもので噛み付こうとしてきた狼をかろうじて食い止めた。

「「ラスレンさん!!」」

 二人の少女がテントへの進行を必死に食い止めているラスレンの名を叫ぶ。

「これ以上先には行かせませんよ」

 ラスレンは、長い棒をそのまま真上に振り上げて狼を後ろに退かせた。ラスレンがテントを出たのに続いて、ミルとモアも外に出た。結界球は見事に破られ、テントの周囲を狼達が囲んでいた。

「結界球が破られている…」

「どうして!?」

「中には結界球を破ってくる者もいるんですよ。この辺りの魔物にそんな力はないと思っていたが、油断しました」

「ど、どうするんですか…」

 狼に一歩、また一歩と追い詰められながらミルがつぶやいた。ラスレンは苦い顔をして「この包囲網を打ち破ります」と低い声で告げた。

「貴方たちに魔物との戦い方はまだ早いと思っていましたが、こうなっては仕方ありません。なるべく僕から離れないでください。行きますよ!」

 刹那、ラスレンは狼が動くよりも先に銀色に輝く長い棒を口に加え、息を吹き込んだ。長い棒から発せられた心地よい音色があたりに響き渡り、狼たちはすっかりそれに聞き入っている。

「狼たちが音楽に聞き入っている…」

「お姉ちゃん、今のうちだよ!」

「え?」

 ミルは何のことだかわからずにモアの顔を見下ろした。

「魔法だよ!お姉ちゃんの攻撃魔法であの狼たちをバーンっとやっつけてよ!」

「で、でも何の魔法を使えばいいの?」

「何でもいいよ!今がチャンスなんだから!」

 焦った表情で叫ぶモアにミルは自信なさげに頷いて、学校で習った魔法を紡ぐ。しかし、狼たちの恐怖が頭から抜けないのかなかなか詠唱の言葉を紡げない。

(駄目、怖い!)

 ミルはどうしても狼たちを見ることができない。いつの間にか、どこで買ったのかもわからないトンファーを振り回してラスレンと共に狼を追い払おうとするモア。持ち前のすばしっこさで致命傷は避けられているが、それでも何度か傷を負う事だってある。

(どうして、モアは狼さんたちに立ち向かっていけるの?)

 普通だったら一匹出遭っただけでもすくみあがってしまうだろう。それなのに、ラスレンはともかく妹のモアは怯みながらも狼たちを必死に追い払おうとしている。受けたら痛い傷を負いながら……

 結局ミルは魔法を一回も発動させることなく初の戦闘を終了した。テントを襲撃した狼たちは一匹残らず一目散に退散していった。

「や、やったぁ…」

 モアは万歳をしようと両腕を上げようとするが、がむしゃらにトンファーを振り回していたためか、両腕が激しく痛んだ。

「大丈夫!?」

 自分に駆け寄る姉にモアは弱々しく「だいじょぶだいじょ〜ぶ」と微笑んだ。そんな二人の元にラスレンがゆっくりと歩み寄る。

「二人ともお疲れ様でした」

「ほんとに疲れたぁ…」

「ラスレンさん、さっきの狼さんたちはどうして結界の中に入って来れたんですか?」

「結界球は完全に魔物をシャットアウトするわけではないんです。結界を突き破ってくることもあるんですよ」

「怖い……」

 ミルはボソっとつぶやいた。その一言を聞き逃さなかったラスレンはやはりにっこりと「冒険家とはこういう職業です」と微笑んだ。そしてさらにこう続けた。

「引き返すなら今のうちですよ」

 ミルは彼の笑顔の中に秘められた厳しい問いかけに答えられずにいた。


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