第9話
〜第二章〜『想いを彼方へ』
第9話
ケティット村はネクシス大陸の中でも一、二を争うほど夜の訪れが早い。太陽が沈んでから二、三時間もすれば辺りは一寸先も見えぬ暗闇と静寂に包まれる。忍びの旅にはまさにうってつけの夜だった。
ミルはせめて妹にだけでも声をかけていこうかと思ったが、それが原因で両親に見つかって引き止められてはまずいので涙を飲んで妹の部屋の前を後にしたのだった。
すっかり闇に閉ざされたケティットをミルは手探りで進むように慎重に早足で歩いていく。さっきも言ったとおりケティットの夜は早い。辺りが暗くなれば外を歩く村人なんていないのだ。そのため、昼間とは若干勝手の違う道にミルは迷わないかどうか心配だった。いや、案の定迷っていた。ミルはすっかり村のはずれの、つまり宿屋のあるほうへと進んでいた。待ち合わせの場所は村の出口なので、方向からいうとまるっきり逆方向である。
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「これからラスレンとの待ち合わせ場所に行くの」
「それって、村の出口でしょ?ここは宿屋だからまるっきり反対だよ?」
「え?」
道を歩くミルの足が止まる。そして、同時にどうして自分に話しかける人物がいるのだろうとのんびりとながら疑問に思う。
「あ、え〜と、もしかしてばれてたりするのかな…?」
ミルは背中を向けたまま、しかし額には大量の汗をかいたままつぶやいた。
「ばれてるよ」
声はあっさりと突き放すように言った。
「ただし……」と声の調子が急に明るくなる。
「あたしにだけだけどね」
ミルの背中からモアがひょっこりと顔を出した。
「きゃあ!」
「わぁ、駄目だよお姉ちゃん。皆起きちゃうよ!」
モアは小さな声で叫びながら姉の口元に人差し指を置いた。幸い、声を聞きつけた村人はいないようだ。
「どうして?」
落ち着いてからミルが話を切り出した。
「う〜ん、話聞いてたらなんか楽しそうだなぁ…と思ったから。それに、いつかはアル兄みたいに自立してどこかの街に行きたいなって思っていたしね」
「モア…」
「早く行こうよ。待ち合わせの時間までそんなにないんでしょ?」
「あ、いけない。急ごう」
待ち合わせに少し遅れたものの、ラスレンと合流できたミルはモアのことを話すと「可愛いお嬢さん二人と旅をするなんて願ってもないことです」と二つ返事で了解してくれた。
「夜遅くの出発ということも踏まえてケティットの隣町ノクターンで宿を取ろうと思いますが」
「りょーかーい!」
「………」
「ミルさん、どうかしましたか?」
苦い顔をしているミルにラスレンが怪訝な顔をして尋ねる。
「ごめんなさい。ノクターンは私が通っていた魔法学校があるから下手をすると見つかってしまうかもしれないんです…」
「なるほど。しかし、港町ネアールに行くにはノクターンから北上していったほうが早い。南からだと迂回してしまう形になりますよ」
「あ……」
ミルの気持ちを知っていてか、ラスレンは諭すように言った。
「いいんじゃない、お姉ちゃんがそうしたいなら」
なかなか結論を出さないミルにモアが明るく言った。
「迂回したって近道したってアル兄のところにいくまでの日にちが前後するだけで会えることには変わりないでしょ。ならどのルートで行ってもおんなじだよ」
「確かに、モアさんの言うとおりですね。僕は貴方を幼なじみのところまでちゃんと送り届けると約束しましたからね。貴方たち二人が決めたのならばどこへでもお供しますよ」
ラスレンもにっこりと笑った。ミルは二人の笑顔に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「では、ルートを変更してケティットから西を回って行きましょう。ただし、今夜は野宿ということになりますので、いざというときのための覚悟はしておいてください」
「??」
「は、はい…?」
二人の少女はラスレンが何に対して覚悟をしておくように言ったのかわからなかったが、とりあえずこれで旅の進路は決まった。
(アル君、できるだけ早く会いに行くから待っててね)
ミルはアルスへの想いを乗せてモア・ラスレンという仲間と共にネクシス大陸全土を回る旅に出るのだった。