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7.レイニーデイ ~雨音に魔法をかけて~

「雨が降ればいいのに」

 窓の外は、今にも泣き出しそうな曇り空。俺は湿っぽい机に頬杖をつき、溜息混じりに呟く。

 願いを聞きつけたのは、神様でも雷様でもなく……隣の席の愛だった。

はじめ君、雨が好きなの?」

 やや太めな眉の下、つぶらな瞳を真ん丸にして不思議そうに小首を傾げる。その表情は同い年に見えないほどあどけない。ショートの黒髪がサラリと揺れ、天使の輪がキラキラ輝く。

(うぉおおおちくしょお可愛いぜッ!)

 なんて心の叫びは一ミリも漏らさず、俺は冷淡に言い放った。

「や、別に」

 これは行き過ぎた照れ隠し。こんな態度だから、高校に入学して二ヶ月も経つというのになかなか友達ができない。女子に話し掛けられることなど皆無だ。

 この、天然鈍感キャラの愛以外には。

「あ、何か隠してるー。ね、教えて? お礼するから」

「……次の体育、マラソンでダルイってだけ」

「へえ、一君が愚痴ってるの初めて見たよ。ちょっと新鮮!」

 愛は瞳のキラキラ指数を上げ、小柄な身体をズイッと寄せてくる。ヤバイ。これ以上近寄るな。イイ匂い過ぎて鼻血吹く。

「じゃ俺そろそろ行」

「待って、お礼がまだ」

「別にいいって」

「まあ聞いてよ、実は私魔法使いなんだ。今から一君の願いを叶えてあげる! ね、目瞑って三秒数えて?」

 ざわつく教室の片隅、俺は動悸息切れを必死で抑えつつ目を閉じた。と、耳をくすぐる愛の囁き声。

「さん、に、いち」

 ――コツン、コン、コン。

「……へ?」

 俺のつむじにぶつかり、机の上で二回バウンドしたそれは。

「えへっ。『飴が降りました』……なんて」

(うぁあああ可愛いっていうかもう!)

「ばぁか」

 俺は苦笑と共に立ち上がり、駄洒落魔法使いの頭を軽く小突いた。愛がむうっと唇を尖らせるから、仕方なく飴玉を口に放り込む。

 キュンと甘酸っぱいレモン味。包み紙のイエローがどこか懐かしい。

「あ、美味い」

「でしょ、私のお気に入りなんだッ」

 パアッと明るい笑顔に戻る愛。

 甘い物は苦手だけど……まあ、これなら悪くない。


「うわ、今更かよ……」

 昇降口を出ようとした途端、待ち望んだ雨。激しく叩き付ける雨脚に顔をしかめ、行くしかないかと折り畳み傘を取り出しかけたとき。

 視界の端に、キラキラ輝く天使の輪が映った。

「一君ッ!」

 セーラーのリボンを弾ませて、愛が駆けてきた。「委員会の仕事長引いちゃって」と軽やかな声が届くも、右から左へツツーと抜けていく。

(これは俗に言う『相合傘』フラグッ! いや待て落ち着け俺、残念ながら愛の家とは方向が真逆。「送るよ」ってのもさすがに不自然だ……)

「あ、もしかして一君も傘無いの? 私もなんだ。困ったねぇ」

 そわそわする俺を見て勘違いした愛が、目尻をふにゃんと下げて笑う。今更「傘あるし」とは言い出せない。かといって相合傘は難しく、この傘を貸すと言っても遠慮するに決まってる……だったら。

「あのさ、愛」

「うん?」

「目瞑って十秒……いや、三十秒数えてくれ」

「えっ、一君も魔法使うの?」

 俺が神妙な面持ちで頷くと、愛は恐る恐るというように瞼を下ろした。

 その瞬間、愛の世界は雨音だけになる。そして律儀な愛が「さんじゅう」と呟いたとき、俺の姿は消えているのだ。

 足元に、一本の傘を残して。


「うー……だりぃ、母さん水……」

「傘失くすなんてバカねぇ。次は柄のとこにでっかく名前書いときなさい。『一』って」

「それただの線にしか見えねーし……」

 母さんが「もっと変な名前つけりゃ良かった」と微妙な文句を垂れつつ部屋を出ていく。俺は苦い薬を飲み下しベッドにダイブした。

「うう、無様だ……」

 あんな気障なことをしておいて、翌日風邪で寝込むとは。恥ずかしくてもう愛に合わせる顔が無い……でも、やっぱり会いたい……。

 止むことのない雨音。心地良いまどろみに落ちる俺に、神様はささやかなご褒美をくれた。

 セピアな夢の中に現れたのは、制服姿の愛。

 トレードマークの笑顔は消え、捨て犬みたいな目で俺を覗き込む。

『一君、昨日は魔法の傘ありがとね。だけど……』

 ああ、ゴメン。そんな顔させたかったわけじゃないんだ。

『だって、私のせいで』

 いいって。俺にとっては、愛が濡れない方が大事だったからさ。

 目を真ん丸にした愛が「本当?」と尋ねる。俺は「本当だよ」と素直に答える。教室では言えない言葉たちが、静かな雨音に溶けていく。

『……ありがと。お礼に魔法かけてあげるね。風邪なんてすぐ治っちゃう、特別な魔法だよ』

 聴き慣れた「さん、に、いち」の囁き声。チャリッという包み紙の音。仄かなシャンプーの香り。

 そして――俺の唇にそっと触れた、レモンの甘み。

『一君、大好きだよ……早く良くなってね』



 翌日、すっかり熱が引いた俺が学校へ行くと、なぜか愛は居なかった。

 愛の友人曰く、誰かに風邪を移された、らしい。

 俺は「バカだなぁ」と苦笑し……夕立の中、家とは逆方向に歩きだした。

 口にレモン飴を放り込み、いつの間にか戻ってきた『魔法の傘』を広げて。


↓解説&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。













電撃LL『レイニーデイ』投稿作。電撃的には少々大人しい話ですが、個人的にはお気に入りの一作になりました。初稿バージョンからあちこち変えたのですが、某評価サイトにて「ちゅーは口にするべき」とのご意見を聞く前は「ちゅーはほっぺだっぺ!」と思ってました。飴もシュワシュワサイダーです。やはし初めてのキッスはいつの時代もレモン味なのかねぇ……(遠い目

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