4.トーストに、何つける?
腰に巻きつけるカフェエプロンは可愛いけれど、上着が汚れるから料理には向かない。折り畳まれたまま出番を待ち続けるそれに「ゴメンね」と謝りながら、私は今日も普通のエプロンを手に取った。後ろ手に紐を結び、踵のないダイエットスリッパをつっかける。
「さて、今日のメニューは何にしよっかなー」
思い浮かんだ『カリカリベーコン&目玉焼き』は、冷蔵庫にくっつけた温度計を見た瞬間あえなく消え去った。朝六時だというのに表示は三十度。どうりで汗が吹き出すわけだ。
クーラーのリモコンに手を伸ばしかけ……迷った末に引っ込めた。賢い奥サマとしては、電気を使わずに涼しくなる方法を考えねば。
私は一度キッチンを出ると、冷水シャワーをサッと浴びて汗を流した。電気代節約の代わりに、思わぬ時間のロス。濡れ髪のままエプロンをつけてキッチンへ駆け戻り、冷蔵庫からアボカドとトマトを取り出す。夏野菜は体を冷やしてくれる優れものだ。角切りにして手作りマヨネーズをあえ、ちょっぴりのニンニクと黒胡椒、ハーブの効いたクレイジーソルトをアクセントに。
「メインは……ちょっと手抜きしちゃお」
再び冷蔵庫をのぞき込み、先週お取り寄せした『鴨とフォアグラのリエット(ペースト)』と温泉卵をチョイス。リエットは青いレタスの葉にのせ、温泉卵はココットの容器に落とす。それらを舟形のセラミックプレートに盛り付ければ、涼しげな一皿のできあがり。
残るはあと一品……。
『――ガタン!』
洗面所の引き戸が開く音が響いた。彼が起きたから、そろそろトーストを焼こう。
トースターに差し込むのは、彼が好きな厚切りのホテルブレッド。焼き上がるまでのわずかな時間で洗い物をやっつけ、アイスコーヒーを用意する。
「んー、今日もいい匂いっ」
私の声に応えるように、レトロなポップアップトースターからキツネ色の耳がぴょこんと飛び出した。この子はいつもお値段以上の幸せをくれる。
毎日食べても飽きないのは、つけるもの次第で鮮やかに変身するから。冷蔵庫の最上段には、ディップを並べたトレーが収まっている。ベーシックなバター、口溶けの良い発酵バター、甘さ控えめなピーナツバターに、フルーツのコンフィチュール(ジャム)が数種類。
トレーをテーブルに移すと、並んだ容器の表面がじわりと汗をかき始めた。さっきシャワーを浴びた私の体もすでに汗ばみ始め、ショートボブの毛先から肩や背中に落ちる滴が冷たい。
「そっか、こういう暑い日こそピッタリじゃない?」
食器棚の引き出しから、お蔵入りのカフェエプロンを嬉々として取り出したとき、彼がリビングにやってきた。
私は、最高の笑顔で出迎える。
「おはよっ、ダーリン! ねえ、トーストに何つけるか決めて? 暑くてバターが溶けちゃう」
まだパジャマ姿の彼は、私を見つめしばし絶句した後、こう言った。
「暑いのは分かったから……せめて、パンツくらい履いてくれ」
↓解説&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
ドメスティックバイオレンスオチと、このアホオチで迷った結果、両方世に出すことにしました。このシリーズは予想外のオチはあまり用いないのですが、今回はドキッとしてもらえたかと思います。そう、ハダカエプロン……日常にありうる天国(?)を提供してみたいなーと。ダーリンには、今回ツッコミをさせてみましたが、ノリボケさせても良いですねぇ。しかし、その後の展開が(ピー)になってしまうので、なんとも……うふ。