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2.マグカップにキャラメルティー

 白いラウンドテーブルの上に、柄も大きさも違うマグカップが二つ置かれている。チビッコの方は、最近うちにやってきた新入り君。紅茶党の私のために、東京に住むお義姉さんがプレゼントしてくれた。表面にプリントされた、子猫が伸びをするシルエットが可愛らしい。

「なんか俺、みじめな気分……」

 廊下を兼ねる狭いキッチンから、ガラスのティーポットを手にした彼が歩いてきた。情けなさ全開の口調に私はクスッと笑いつつ、テーブルの上にランチョンマットを敷き直す。二つのマグカップは、布の上にお引越し。

「みじめって、どうして?」

 朝寝坊した彼の頭には、ぴょこんと寝癖が立ったまま。普段かぶっているクールな猫はどこへ逃げたのやら。糊の利いたスーツを着て「行って来る」と告げる紳士とはまるで別人だ。普段使いの太いフレームの眼鏡と、形の良いあごにツンツン伸びた無精ひげは……まあ、似合ってるから許すけど。

「だって、毎日朝から晩まで働いてるのに、たまの休日にお茶の一杯も淹れてもらえないなんてさー」

 ――カチン、ときた。

 毎日美味しい手料理&愛妻弁当まで食べておいて、お茶くらいで文句言うなんて生意気な!

 ラウンドテーブルの対岸に素早くまわりこみ、彼の腰めがけて軽くタックル。ティーポットが揺れて、開いた茶葉がふわりとジャンプする。「危ないからやめろよ」とすかさず雷様の声が落ちる。

 彼の弱点、わき腹へ伸ばしかけた指を慌てて引っ込めると、私は大きな背中の後ろに隠れた。ゴメンの代わりにギュッと抱きついてみる。洗いたてのTシャツからほのかに漂う花の香りが、鼻腔をくすぐる。柔軟材を香りのやさしいものに変えたのは、正解だったかも。

 微笑んだ私の唇から、ハミングみたいな言葉が零れた。

「だって、私が淹れるより美味しいんだもんっ。これって“適材適所”でしょ?」

 彼の口癖をまんまと盗んだ私。呆れたような溜息の裏側には、目尻にシワをいっぱい寄せたいつもの笑顔があるはず。そんな風に笑ってくれるなら、私は何でもしてあげる。カーテンの白さにも、曇り一つ無い窓ガラスにも気付いてくれないけれど、全部許してあげる。

「あと半年待ってね? 美味しいお茶、淹れられるようになるから」

 私の体温が移ったせいか、Tシャツの背中がじわりと汗ばんでいく。お茶が注がれるコポコポという音の後、猫背の向こうから「早く俺様の美味い茶でも飲め」と低い声が響いてきた。はーいと返事をしつつ、少し背伸びして日焼けした襟足にキスを落とすのは、ささやかなご褒美。後ろ髪が伸びてきたから、今度切ってあげよう。ベランダのミニトマトをどかして、ゴミ袋をかぶせた彼を置いて。嫌がったって止めてあげない。


 テーブルの上には、ほんのり湯気が立つキャラメルティーが二杯。シュガーポットもティスプーンも無し。

「砂糖はダメだぞ。あとお代わりもダメ」

「うー……分かった」

 私は椅子に腰掛けると、子猫のマグカップを手に取った。キャラメルの甘い香りに満たされる、二人の部屋。もうそろそろ、引越しの準備を始めなきゃ。


 お揃いのマグカップに戻るまで、あと半年。

 この可愛いマグカップを、小さな手のひらが握るのも、そう遠くない未来。


↓解説&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。













 冷蔵庫にゆずシャーベットという作品を書いたときに、登場人物の背景が描き切れなかった(あの短さなのでまあ仕方ないところも……)という反省点から生まれた作品です。ちょうどタイミング良く、イチャイチャした新婚さんキャラが居たので、使いまわしました。『拾い物』の弟夫婦です。ということは、マグカップをくれたのは拾い物主人公、半年後に生まれてくるのが……ということになります。こういうリンクの仕方を他の作品でも良くやるのですが、それは決して手抜きではありません。群像劇が好きだからです。手抜きでは(以下略)

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