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選びなさい

(落ち着いて。いかに国王陛下と言えどそれは無理。だって私は)

「陛下、わたくしはクレア様に対して許されざる所業をした他、数々の不祥事を起こした身の上でございます……」

「それなら、もう解決しているよ」


 またも、コンスタンスは目を大きく見開いたまま絶句した。

 朗らかなまでの笑みを浮かべながら言う相手を、信じられないものを見るような目で凝視して、言葉の意味を理解するまでに十秒程。

 言葉を理解したものの、どういう事かまでは理解できぬまま、また十秒。

 さすがに何か言いたいと思いつつも固まり続けるコンスタンスを見て、ルーファスは笑って見せる。


「クレアに嫌がらせをした真犯人は別にいるとなっている。一連の不祥事は、リシャール侯爵の令嬢が、父君の命令にて起こしたと『判明』したんだ」

(それは、貴方の政敵じゃないですか!)


 聞いたことのある名前は、国王と対立する派閥の中核を担う人物である。

 そして令嬢はトラヴィスを狙い、コンスタンスを目の敵にしていた。社交の場で嫌がらせを仕掛けられた覚えもある。

 リシャール侯爵家は、責任を取る為に領地に隠棲する事になったとか。

 何でもないことのように勢力図を変える大事を語る相手を、ますますもって信じられないものを見る目つきで見てしまう。

 どうやらこの方は、コンスタンスの『濡れ衣』を晴らす為に政敵を一人葬ったらしい。


(だから、この人は食えないのよ……!)


 理知的で温和な為政者の顔を見せながら、己の目的の為には手段を選ばない。効率的に敵とみなしたものを排除していく為に、優しい笑みの下で常に計略を練り続けている。

 侯爵は何らかの付け入る隙を与えてしまったのだろう。それをこの人が見逃さなかったという話だ。

 コンスタンスが、名誉を回復したらしいというのは分かった。

 だが、だからと言って彼女が王の求婚を受けるかどうかと言われれば答えは否である。


「ですが陛下、わたくしは……」


 彼女には夢があった。王妃という地位と天秤にかけたとて勝る程の価値のある夢が。

 それを叶えて、長い事願っていた道をようやく歩き出せるところだった。

 その夢を叶えた人間に対する世の印象はあまりに良くない。王妃という地位にふさわしくないと人々が思うには充分すぎる。

 だからといって、如何に名誉と権力を与えられるとしても、得た夢を捨てられる訳がない。不敬だと取られても、相手の意向を受け入れられない。

 それを口にしようとした瞬間、先んじて国王が独白めいた調子で呟いた。


「……要らない混乱を呼んだ咎を背負うのが、君だけだといいが」


 聞いた瞬間、コンスタンスの肩が今までで一番大きく跳ねた。

 背筋にまた冷たい汗が伝うのを感じながら、コンスタンスは蒼褪める。

 あの茶番劇の脚本を書いたのはコンスタンスだが、実行したのは彼女だけではない。

 もう一人の演者といえる共謀者トラヴィスと、ほぼ巻き込まれた形のクレア。

 コンスタンスが事件の責を追及されるとしたら、間違いなく彼らも同様の目に遭う。

 想いを実らせてようやく幸せをつかんだ二人を脳裏に浮かべながら、恐る恐るコンスタンスは口を開いた。


「と、トラヴィスとクレア様は……」

「まあ、無事に過ごしてもらっているよ。……見張りつきの、外から鍵のかかる部屋で」

(人はそれを監禁と呼ぶのよ……!)


 早馬で届いた鬼気迫る手紙は、そのせいか。

 恐らく、トラヴィスは身柄を拘束される間際にコンスタンスに警告を発したのだ。

 ただ、それよりも相手の行動が早かったために、この状況に至ってしまったが。


「何故、わたくしに……。いくらでも、相応しい令嬢はいらっしゃいますのに……」

「君でなければ駄目だ」


 震える声で紡ごうとした問いを遮るように、ルーファスの声が響いた。

 その声に不思議な程真摯な何かがある気がして、コンスタンスは思わず続けようとした言葉を飲み込んでしまう。

 戸惑いの眼差しを向ける先には、彼女を見つめる真っすぐな瞳があった。

 薄氷色と翠色の二つが交錯して、一瞬言葉が途切れる。

 視線を逸らさないまま、ルーファスは更なる言葉を紡いだ。


「王位を譲るまでに、国内の政情を平らかにしたい。些か、懸念が出来たものでね。」


 そこでやっと、成程、と心に呟いた。

 彼が求めているのは、伴侶として後継を為す相手ではなく、政治的に彼を支える者。

 王宮の奥向きを取り仕切り、社交の場において微笑みながら網を巡らせ。後ろの守りを預かる存在。

 コンスタンスは曲がりなりにも王太子の妃として長く教育を受けてきた。適当な令嬢を一から教育しなおすよりは話が早いと判断したのかもしれない。

 それでもまだ、腑に落ちない点は数多あるのだが……。

 答えを口に出来ないでいるコンスタンスへ、ルーファスは優しい苦笑を浮かべながら首を緩く傾けて見せた。


「私も悪魔ではない。対価を用意しよう」


 どの口で、と言いかけたが必死で飲み込んだ。

 何を対価とするつもりなのか、と眉を寄せたコンスタンスは、続いた言葉に驚愕する。


「君が、王妃として魔法使いたちのギルドを設立する後援につくことを許可する」


 それは、あまりにも予想外の提案だった。

 この国において、魔法使いの地位はあまりに低い。故に、魔法使いたちは忌避され、何かと理不尽な扱いをされている。

 置かれる境遇を改善するべく、人々に対する働きかけとユールの外での互助のために塔の上層部がギルドを設立しようとしていたが、長らくの偏見に邪魔されて苦戦していたのを思い出す。

 結果として魔法使いたちはユールに籠らざるを得ず、活躍の場を見いだせずにいた。

 けれど、この王の言葉はその状況に皹を入れる意味を有している。

彼の言葉は、コンスタンスが王妃という国政に参与できる立場にて、国王の後ろ盾を得た上で国内の魔法使いの地位向上に貢献する権利を得られるという事だ。 

ルーファスの真意は分からない。だが、あまりにも魅惑的に過ぎる申し出だ。

慎重になれ、と制する自分がいる。

でも、同時に悩み苦しんでいた仲間たちの為を救うことが出来るかもしれないと、心は揺れに揺れている。


「さて、答えを聞こうか?」


 震えるのを必死で抑えながら見つめる先で、ルーファスは楽しそうに笑っている。

 跪くコンスタンスに首を傾げて見せながら、答えを求めている。

 笑みの奥にあるものを感じたならば、冷たい汗が一筋、二筋背を伝った。

 彼女は気づいていた。

 彼の翠の瞳にあるのは、絶対逃さないという強い意思だ。


「私と結婚して王妃になるか。それとも、皆で仲良くお仕置きされるか、選びなさい」


 国王が浮かべる蠱惑的な微笑みが、恐ろしい捕食者のそれに見えて仕方ない。

 コンスタンスは蒼褪めながら思う――何故、どうしてこうなったと。

 心の中にもう繰り返し問い続けて、幾度になるだろうか。

 答えは出ない。けれど、分かっている事がある。

 コンスタンスに許された答えは、ただ一つだけであると……。

 走る鼓動を抑えようと、胸にそっと手を添えて。身体の震えを落ち着けるべく、一つ大きく息を吐いて。触れそうになる声を努めて冷静に、低く。


「懸念されている出来事が解消するまでの間だけ、でよろしいですか……?」

「君が望むなら」


 漸く絞り出すようにして紡いだ声は、些か掠れていた。

 答える王を真っすぐ見据えながら、コンスタンスは心の内を整理する。

 王が求めるのは、真実の王妃ではなく、あくまで彼を補助するものだ。

 それならば、懸念されている問題が解消されたなら、必要ではなくなる。

 目的を果たすまでの仮初の王妃。提示された代価による、期間限定の契約。それさえ終われば、コンスタンスはまた出発点に戻れる。

 対価は、長らく望んでいた同胞たちの不遇の解消。

 苦悩していないわけではない。今だって、葛藤は続いていて、終わりが見えない。

 本当に彼は約束を守ってくれるのかだって、分からないではないか。

 でも、ここで首を左右に振ってしまったら。

 無事にこの場を後にできるとは思わないし、やっと幸せを掴んだ幼馴染たちも不幸に転落するのが見えている。

 掴んだ夢をまた追い続けられる可能性だって、消えてしまう。

 悩んで、悩み抜いて。どれほどの時間沈黙していただろうか。


 ――コンスタンスは、覚悟を決める。


「謹んで、お受けいたします」


 淑女として見事な礼を取りながら、コンスタンスはゆっくりと、だが確かな声音で答えを紡いだ。

 そう告げた次の瞬間、不意に空気が動き、風を感じた。

 何がと思う暇もなかった。相手が、玉座から離れたのも気づく余裕などなく。

 気が付いた時には見える景色が一変して、コンスタンスはルーファスの腕の中にいた。


「陛下……!?」

「ようやく、また君を抱きしめられた」


 困惑の声を上げるコンスタンスの耳に、降りてきたのは囁くような声音。

 抗議と否定の声をあげようとしたが、コンスタンスの口からは何も紡がれない。

 そもそも、この人に抱きしめられた覚えなどない、はずなのだ。

 それなのに、「違う」と言えなかった。

 言うのが憚られる程ルーファスの声に宿る熱と、奥底に存在する暗いものが強すぎて。

 そして、コンスタンスの中にある何かが、言うのと拒絶していて。

 奥底に、覚えがないはずなのに……なつかしい、と思う自分がいて……。


「今度こそ、絶対に……」


 微かな呟きが聞こえたかと思えば、ピアスが涼やかに揺れる音がして。


 ――背筋に寒気が走ったのと、身体が熱を帯びたのが何故か同時だった。



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