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国王様はお見通し

「国王陛下だなんて他人行儀な。昔のように、ルーファス、でいいのに」

「お、恐れ多いことでございます……」


 国王ことルーファス陛下は、軽やかに笑いながら手をひらひらと振る。

 声の震えを必死で抑えようとしているが、成果は芳しくない。

 動揺が完全に漏れ出てしまっているのを感じながら、コンスタンスはひきつった顔を極力笑みに近づけようと努力するも、成果はやはりである。

 そんな呼び方をしていたのは何時の頃だ、思いつつ、玉座にある人を見つめた。

 国王にのみ許された色と意匠を纏う、輝く金の髪に真夏の翠の瞳を持つ男性。

 気になるのは、彼が常に身に着けているピアスである。

 何故か片方だけのピアスは、繊細な細工からしてどう見ても女性のもの。

 その為に、国王陛下には密かに想う相手がいるのでは、と様々な推測が生まれているのは、かつて聞いたことがある。

 この国において最も強き権力を手に、最も尊き座におわすお方は、ルーファスという。

 コンスタンスの元婚約者であった王太子トラヴィスの父たる先代王とは異母兄弟であり、兄亡き後、幼きトラヴィスに代わりその地位につき。自分はあくまで中継ぎであるとして王妃を娶らず、甥を自身の養子として王太子の地位に据えた。

 しかし、国のそれなりの階級にある令嬢たちは、目の色を変えて彼にアプローチをし続けていたし、今も多分そうなのだろうと思う。

 ルーファスは、その地位も権力も魅力的である上に、自身も大層な美男だった。

端正な面立ちには常に優しく理知的な笑みが浮かび、涼やかな眼差しには思慮深い光。

為政者としては厳格な面を見せるものの、慈悲深く穏やかな人格者であると人々は王を讃えた。

 確かに、王としては理想的な人物であると思う。

 しかし、コンスタンスは、彼がそれだけではないという事を知っている……。

 今ここに至るまでの流れすら理解が追い付かず、今この状況に自分があることを事実として受け入れきれず。跪いたまま固い表情を崩さない、いや崩せないコンスタンスを見て、ルーファスは優しい苦笑いを浮かべた。


「そんなに固くならず、楽にしなさい」

(出来るわけがないです!)


 心の中と同じぐらいの叫びを返せたら良かったのに、など思いながら、冷や汗が止まらないコンスタンスの顔には曖昧で些か歪な笑みがある。

 王命であるとあの騎士たちが言っていた以上、ここに連れてこられたのは間違いなく目の前の男性の意思によるものだ。

 しかし、何故今頃になって、としか思わない。

 コンスタンスの『断罪』の後、追放されてはや二年。

 婚約破棄などに伴って生じた混乱も既におさまって久しいであろう頃合いに、辺境にて慎ましく暮らしていた人間を呼び戻す理由。

 遡って追加で処断する必要でも生じたのかとも思ったが、ここに連れてこられるまでの騎士たちの丁重な態度と相手の笑みからして違う気がする。

 ……とはいっても、この人の笑顔は些かそのまま受け入れるには怖いのだが。

 そんなコンスタンスの心の内には気づかぬまま、ルーファスは滔滔と語りかけてくる。


「会いたかった。君が王都を離れてから、一日だって君を思わなかった日はない……」


 あの塔の爺さえいなければ、と聞こえたのは気のせいだろうか。


(爺、ってまさか長のこと……?)


 国王陛下が口にした『爺』とは、ユールの中枢である塔にて、魔法使いたちを見守る人物のことなのだろうか。魔法使いの長と言えるあの男性は、確かにここ数十年加齢していないという噂がありはするが……?

 思考が逃避しかけたが、半ば無理やり目の前の国王に戻す。

 優しい笑みは切ない甘さを帯びていて、翠の瞳には情熱ともとれる光があって。

 まるで、愛しい相手と久々に再会したとでもいうような様子に、コンスタンスの心の疑問は膨れあがり続けていた。

 トラヴィスの婚約者であった頃は、いずれ身内になる者としてそれなりに親しくしてもらっていた覚えがある。

 だが、ここまで熱烈に再会を望んでもらえるような覚えなど、全くもってない。こんな風に情熱的に語りかけられる覚えなど、全く。

 分からないことだらけではあるが、狼狽えてばかりいるわけにいかない。

 自分を叱咤して、おそれながら、と前置きしてコンスタンスは口を開いた。


「この度は、どのような思し召しにてわたくしを御前に……」

「確かに用はある。……まあ、素直に会いたかったというのが大半だけれど」


 ますます分からなくなった。

 しかし、ここで引き下がってはいられない。このまま分からない事だらけで流されるのは嫌だ。挫けそうになる自分を必死で励ましながら、コンスタンスは震えが隠しきれない声で続けた。


「わたくしのような、不祥事を起こし王太子殿下との婚約は解消となり。挙句に家からも勘当となったものに、何のご用が……」

「ああ、あの実に見事な茶番劇のことかい?」


 恐る恐る紡ぐ言葉に返ってきた、あまりに何気ない調子の応え。

 聞いた瞬間、コンスタンスの肩が大きく跳ねると同時に、音を立てて血の気が引いた。

 今の自分はきっと顔色というものが失せているだろう、などと思う思考が現実逃避なのを感じながら、言葉の意を問うようにルーファスを凝視してしまう。


(うまくやれたはずよ、気づかれてなんかいなかった、はず)


 言い聞かせるように心の中で繰り返す。少しでも動揺を鎮めようと必死に、懸命に。

 しかし、それを打ち砕くように、楽しげな笑みを浮かべた国王陛下は告げた。


「あの婚約破棄騒動の脚本を書いたのは君だろう? クレアを巻き込んで、実に派手な芝居を仕掛けたものだね、コンスタンス」


 口の端が引きつったまま、固まってしまった気がする。

 脳裏を駆け巡る『何故』がまた一つ増えてしまった。

 うまくやれたと思っていた。気づかれていないと、今の今まで思っていた。

 しかし、目の前の尊き麗しい男性は笑いながら、それを茶番と称したではないか。

 何故、どうして、どこから、いつから。

 巡り続ける問いが、コンスタンスの中から過去の光景を連なって浮かび上がらせる。

 そう、彼女が王太子と『共謀』して、一連の婚約破棄を仕組んだあの日の記憶を……。


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