逃亡不可です
コンスタンスの思考は、そこで十秒ほど停止する。
あまりに、簡潔で。しかし、簡潔すぎるからこそ理解できない。
便箋にあったのは、赤い血で書きなぐられているかと一瞬錯覚してしまう程鬼気迫った文字だった。
よく見てみれば、便箋も封筒もおかしな皺がついている。それこそ、慌てて記して、封をしたかのように。
「どういうこと……?」
あまりに不穏な手紙に、コンスタンスは困惑を隠しきれずに立ち尽くしていた。
とりあえず、これは一体何の意味なのかを確かめなければならないが、それにしても。
これではまるで、コンスタンスに危機が迫っているのを警告している風に思えて。しかし、それが何を意味しているのか分からないし、王太子が送ってくる理由も分からない。
思考がまとまらぬまま佇んでいたコンスタンスだったが、不意に顔を上げた。
慌ただしい気配を感じたかと思えば、下からミリーと数人の男性がやりとりしている声が聞こえた。
何があったのか、と階下に確かめに行くべく足を踏み出そうとして。
コンスタンスは、強張った表情のまま凍り付いたように動きを止めてしまう。
扉が開いたかと思えば、現れたのは武装した数人の男性。
彼らの纏う甲冑には、とても見覚えがある。その意匠の鎧は忘れようがない。その出で立ちはまさしく騎士と呼ばれるもの。それも、ある特別な。
だが、何故ここに彼らが。蒼褪めたコンスタンスは思わず息を飲んだまま、現れた者達を凝視してしまう。
だって、彼らは……。
固まってしまっているコンスタンスに対して、騎士たちは恭しく礼を取ったかと思えば朗々たる声にて告げた。
「ウィンスタット公爵令嬢、コンスタンス様。王命によりご同行願います」
「え……?」
王命、の言葉に、困惑した声を上げてしまうコンスタンス。
そう、彼らは近衛騎士と呼ばれる存在だ。
国王の側に仕える事が許され、その証を甲冑に刻む事を許された者達。
そして、国王の命令にのみ従い、その意向のみにて動く精鋭たちだ。
かつて王太子の婚約者であったコンスタンスは、当然ながら彼らについて知っている。
しかし、そこでまた『何故』は生じる。
王都を追放されて久しいコンスタンスに、国王陛下が何の用だというのか。
しかも、王太子からの切羽詰まった謎の手紙が届いた直後である。困惑を通り越して、得体のしれない恐怖に答えなど咄嗟に返せる状態ではない。
だが、彼らの行動は実に迅速だった。
凍り付いてしまっているコンスタンスの逃げ場を封じるように、丁重に礼を尽くしながらも左右を固めたかと思えば。あれよあれよという間に、王家の印の刻まれた馬車に乗せてしまう。
コンスタンスが呆然としている間に、街の人々の注目を集めながら馬車と騎士たちはユールの街を後にする。
一体なにが。私は一体どうなるの。
ねえ、何で? 何が起きているの?
巡る謎の答えはついに出せぬまま、馬車に揺られ続けてたどり着いた先は王宮で。
「久しいね、コンスタンス」
「こ、国王陛下……」
気が付いた時には、高みにある薔薇窓から射しこむ光が美しい荘厳な玉座の間にいて。
玉座に座るこの国において最も高い地位にある美しい男性が、朗らかな笑みをコンスタンスに向けていた……。




