表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

なろうっぽい小説

泥中では咲かない花

作者: 伽藍
掲載日:2026/03/18

 王太子の婚約者である公爵令嬢は、このところ異世界から魔物討伐のために召喚された聖女の素行の悪さに悩まされていた。王太子に纏わり付くことをはしたないと貴族たちが嫌う一方で、聖女は平民たちにはよく好かれている。魔物討伐の活躍によってますます聖女は平民たちからの支持を集め、ついに世論に押される形で王太子の婚約者がすげ替えられることになったのだった。

 一年前ほどにハトルストーン王国に召喚された聖女は、名をシオンと言った。


 ハトルストーン王国は長年続く、自然魔力が豊富で豊かな国である。

 ただし、ハトルストーン王国は一つの問題を抱えている。それは自然魔力が多いがゆえに、他国とは比べものにならないほど魔物が多く、しかも強力であるということだ。


 魔物というのは、普通の動植物が非常に強い魔力を受けてより強い種族に転化したものをいう。種族にもよるが、ときに一体を倒すのに数人がかりで挑む必要があるほど強い力を持ちながら、自然魔力の豊富な土地であれば小動物のような繁殖力であっという間に数を増やすこともある厄介な生き物である。

 人間にとって困るのは、この魔物が人びとの農作物や家畜を荒らしたり、ときに人間を襲うこともあるということだ。膂力を持ち、知恵を持ち、繁殖力があり、個体によっては魔法を操る魔物による被害は、普通の動物の比ではない。


 よってハトルストーン王国は、他国に比べて随分とこの魔物対策に追われているのだった。

 特に問題になっていたのが、数十年に一度の周期で起こる自然魔力の増幅期だった。自然魔力が増えれば自然からの恵みは増えるが、当たり前のように魔物も増えて魔物被害も増える。


 ある時代に、ハトルストーン王国は奇策を打ち出した。それが、冒頭に述べられた聖女召喚である。

 自然魔力の増幅期に合わせて、異世界から膨大な魔力を持つ個人を聖女として召喚して助力を請うのだった。これによって明らかにハトルストーン王国の魔物被害は低下し、ますます栄えることになったのだった。


 さて、そんなハトルストーン王国の王太子の婚約者が、リプセット公爵令嬢アルバータである。


 アルバータと王太子の婚約が結ばれたのは二人が六歳の頃である。二人の仲は良く、将来はともに国を支えるべく支え合って研鑽に努めてきた。

 状況が変わったのは、十六歳の頃だ。まだ十年は先だと思われていた自然魔力の増幅期が一年後に迫っていると判明したのである。


 自然魔力の増幅期には、魔物討伐のため若い男性王族から聖騎士の一人が選抜される。ちょうど二十歳前後の男性王族が少なかったことから、王太子そのひとが向かうことになった。


「どうかご無事で、殿下」

「もちろん、愛しいアルバータの元に戻ってくるとも」


 王太子が聖騎士に任じられたその日に、王太子とアルバータはそっと視線を交わし合った。その数か月後に、国中の高位魔法士が集められて聖女が召喚されることになる。


 その聖女こそが、シオンという少女だった。平民であることから、姓は持たないらしかった。


 召喚された聖女は、確かに強かった。国を代表する魔法士が習得に何か月も費やす高度魔法を、ほんの数日で習得して見せた。

 随分と甘やかされて育ったのかわがままで、けれど誰にでも優しく明るく朗らかで、シオンに好感を持つものは男女ともに少なくなかった。


 シオンは平民たちによく好かれたが、貴族たちからの反応はいまいち芳しくなかった。それは、すでに婚約者のいる王太子に恥ずかしげもなく纏わりついたからだ。

 国を救う聖女であるので、王太子も無下にするわけにはいかない。それで何かを勘違いしたのか、ますます聖女は王太子について回るようになった。


「シオンさん」


 仕方なく、アルバータはシオンに声をかけた。


「殿下にはわたくしという婚約者がおります。婚約者のいる殿方に気安く接するものではありませんわ」

「え、でも、それって政略ですよね」


 きょとんとして、シオンは首を傾げた。頭の悪そうな、無邪気な表情だった。


「わたしの世界では、身分なんて関係なく本当に愛し合った男女が結婚するんですよ。わたしは王太子様を愛していますから、あなたに負けたくありません!」

「始まりは確かに政略でしたが、長い時間をともに過ごして、殿下とは真実の愛で結ばれていると自負しております」

「アルバータ様ったら、大変なのね」


 どうしてだか、アルバータはシオンから同情を受けることになった。


「お国のためとはいえ、自分の感情まで偽らなくちゃいけないだなんて! わたしなんか貴族でも何でもないのだから、わたしの前でまで嘘を吐かなくても良いんですよ」

「嘘なんかではありませんわ」

「でもわたしのほうが、王太子様を愛していますから!」


 シオンはぐっと拳を握り込んだ。その動きがどういう意味を持つのか、アルバータは知らなかった。

 恋敵に向けるには悪意のない顔で、シオンはにこりと笑った。眼の前に用意された紅茶を、信じられないほど粗雑な動作で飲み干す。


「お互いに頑張りましょうね、アルバータ様!」


 ひらりと手を振って去って行ったシオンに、アルバータはそっと溜め息を吐いたのだった。



 それから数か月の準備期間を経て、シオンや王太子を筆頭にした聖騎士隊が魔物討伐に向かうことになった。王都を練り歩くパレードのあとに、聖騎士隊が華々しく出立するのをアルバータは見送った。


 それから八か月ほどをかけて、聖騎士隊は国中を回ることになった。情報を集めていたアルバータの元には、色々な情報が入ってきた。

 老いも若きも男も女も富めるものも貧しいものも、聖騎士隊はあらゆるものを魔物から救った。増え続ける魔物の影響で悪化し始めていた治安も落ち着き、街には聖女と王太子を讃える声が満ちた。


 特に聖女の評判は良く、自然魔力の増えた影響で過剰になった食料を手配して、魔物によって怪我をしたり家や職を失った人びとを助けた。誰にでも分け隔てなく手を差し伸べる聖女を、女神とまで崇拝するものもいるほどだった。

 その報告を、アルバータは国王夫妻とともに聞いていた。


「よくよくお優しい聖女様のようで、結構なことだ」


 言葉とは裏腹に、吐き捨てるような語調で国王は言った。下手に聖女が慕われすぎるのは、国王にとっては面白くないことなのかも知れなかった。


「増幅期が終わって魔物の数が落ち着いたら、処分してしまえば良い」


 そんな国王の言葉を、アルバータは何も言わずに聞いていた。国王の言葉は倫理には反するものであったけれど、王家の権威を維持して国を安定させるためであれば多少の非道は飲み込むべきであると理解していた。


 けれど、人びとの反応は王家の意図するものとはどんどん離れていくことになる。聖女と王太子が婚約を予定しているという噂が流れたのだ。

 王家は慌てたが、調べてみれば聖女そのひとが婚約を匂わせているのだという。いままさに聖女の助力を受けている状況で聖女の機嫌を損ねるわけにもいかず、王家は否定することもできずに事態を静観せざるを得なかった。


 これによって、聖騎士隊が魔物の討伐を終えて凱旋する頃には、民草の間にはすっかり王太子と聖女が婚約するものだという空気ができあがってしまっていたのだった。


 これによってやむを得ず、王太子とアルバータは婚約を解消することになる。魔物討伐の道中で王太子と聖女の間に真実の愛が芽生え、その愛に感動したアルバータが自ら身を引いた、という筋書きである。


「新たな婚約者を探す必要はありませんからね、アルバータ」


 王妃に呼び出されたお茶会で、アルバータはそう告げられた。


「あんな後ろ盾も持たない、作法の一つも知らない小娘ではなく、未来の王妃はあなたです。民草の熱狂が引いて興味が薄れた頃合いで、聖女様には病死して頂きましょう」


 にこやかに続いた言葉に、アルバータは最初から判っていたように頷いたのだった。



 それから一か月後に、王太子と聖女シオンの婚約披露が行われることになった。


 国王の隣に並ぶ王妃の手には、大きな魔法石のついた首飾りが握られている。これは代々の王妃に受け継がれるもので、ついている魔法石は国王の宝冠と対になっている特別なものだった。

 王妃当人ですら、身につけるのはよほど特別な行事のときに限られる。その特別な首飾りを、未来の王太子妃の婚約披露である今日このときに限って、王太子の婚約者であるシオンが身につけることになる。


 シオンに対する内心の嫌悪感などおくびにも出さずに、にこやかな表情で王妃はシオンに近づいた。王妃手ずから、シオンに首飾りをかけてやる。

 本当に嬉しそうな声音で、王妃はシオンに声をかけた。


「未来の王妃として、よくよくこの国に尽くすのですよ」


 シオンはきょとりとして、かけられた首飾りの魔法石を指先でなぞった。叩き込んだはずの筋書きには予定されていない行動である。

 何をしているのだ、と叱責したくなるのを堪える王妃の前で、顔を上げて、シオンはにこりと笑った。


 本当に嬉しそうに、口を開く。


「冗談じゃないわ、お断りよ。この誘拐犯ども」


 言うなり、シオンは真横の王太子を突き飛ばした。転がった宝冠を拾い上げる。

 どよめく会場中に響かせるように、シオンは声を張り上げた。


「欲しかったのは、この首飾りと宝冠だけ! この一対の魔法石を使って、ずーっと異世界からひとを誘拐し続けているんですってね」


 シオンの周囲で、魔力が渦巻く。騎士や魔法士たちが動くよりも、シオンのほうが早かった。


「この魔法石を使って、わたしは元の世界に帰るわ! こんなに短い期間で何度も使われちゃったら魔法石が壊れちゃうかも知れないけれど、そうしたらもう異世界に誘拐される可哀想な被害者は出なくて済むわね! さようなら!」


 ほとんど嵐のど真ん中にいるような、魔力の奔流が吹き荒れた。周りの王族や、貴族や、招待客たちが思わずというように眼を閉じる。

 そうして魔力が収まったとき、聖女シオンの姿はなく、その場に残されていたのは魔法石が粉々に砕けた宝冠と首飾りだけだった。


***


 ふと、異世界ではシオンと呼ばれていた少女は眼を開けた。


 少女は着慣れた高校の制服を着て、通学路に立っていた。周囲には、帰宅途中らしい高校生たちがちらほらと歩いている。

 ほっと息を吐き出して、ずっと抜けなかった力を抜いて、少女は近くの壁にもたれた。動いた拍子に、はらりと何かが落ちる。


「……げっ」


 それは異世界の王太子から贈られたシオンの押し花で作られた栞だった。お優しい聖女様のイメージを崩さないように、少女はどんな些細な贈りものも大切にする姿を見せていたのだ。

 異世界で使っていた少女と同じ名前を持つ花だから、魔法に巻き込まれてついてきてしまったのかも知れなかった。


「縁起悪ぅー……。捨てちゃお」


 異世界産の栞を、何の感慨もなく少女は破り捨てた。近くのゴミ箱に捨てれば、一つ肩が軽くなった気がする。

 そのとき後ろから声をかけられて、少女は一瞬だけ身を固くした。


「あれ、先に帰ったんじゃなかったっけ?」


 聞き覚えのある声に、少女がぱっと顔を明るくして振り返った。


「りっちゃん! ちょっと寄り道してたー。先生の呼び出し終わったの? 早いね」

「ん、進路のことでね。もうちょい頭良い大学狙えるかも」

「マジ? やるじゃん」


 幼馴染みで一番の親友と、並んで歩き出す。無闇に上機嫌な少女を気味悪がったのか、親友がわざとらしく距離を取る。


「なんなの、変な遥香」


 飛びきり明るい表情で、遥香は親友に笑いかけたのだった。


「んー、内緒!」

 これ聖女のほうを責める向きもありそうなのですが、現代日本生まれの聖女にとっては、誘拐先の異世界の知らん国がこの先どうなろうが知ったこっちゃないのでね。それよりも、元の世界に帰ることのほうがずっとずっと大事だったのです


 聖女が異世界の人間たちに偽名を使ったのは、単に知らん誘拐犯に名前を知られたくなかったから。魔法が存在するなら、名前なんか知られたらどうなるか判らない、という考えもあったかも知れません

 聖女の偽名がシオンだったのは本名が遥香→ハルジオン→シオンという単純な連想ゲームなので深い意味はないです、浅慮で申し訳ない


 最初のタイトル案は『異世界では咲かない花』だったのですが、タイトルに『異世界』という言葉を使いたくなかったのと『いやこれタイトルでネタバレしとるやんけ』ってなったので変えました


【追記20260318】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3600940/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今のなろう界隈では召喚=拉致誘拐絶許重犯罪という認識が大勢なので誰もこの有能聖女を叩いたりなんかしないと思います 何なら聖女は帰り際に王妃も蹴り倒してやればよかったのにってなもんですよ
聖女が帰ってしまった世界も読みたいです。 もう使い捨て聖女は呼べないので自分たちで頑張りながら滅んでいくんでしょう。
デスヨネ〜〜!! 返還の仕組みを知るためにそりゃあもう念入りに良い人のフリして話を聞き出したのでしょうなぁ〜〜その賢さが素晴らしいわ。使い潰されるなんて勿体ない。 王族の悪意や婚約者の感覚も察知してい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ